タイ自動車産業発展の道筋とは ~ 改造車から「車輪付き電子機器」へ ~

タイ自動車産業発展の道筋とは ~ 改造車から「車輪付き電子機器」へ ~

公開日 2023.05.10

今号のFeatureで紹介したタイの自動車部品メーカー、タイルン・ユニオン・カーの社長インタビューはさまざまな意味で興味深かった。そもそもタイ経済の取材を始めて5年近くたつが、その社名を聞いた記憶がなかった。しかも同社は独自ブランドの自動車も製造・販売しているという。東南アジアで国産車を作ったのはマレーシアのプロトン、そして最近ではベトナムのビンファストがあるが、その他ではタイを含め真の国産車はほぼない。

タイルンのTRトランスフォーマー
タイルンのTRトランスフォーマー

今回、インタビューでタイルン本社を訪問してその独自ブランド車「トランスフォーマー」を見て、ようやくバンコク市内で何度か見たことあることを思い出した。それはバブル経済後半に日本でも話題となった大型軍用ジープをルーツとする米国のハマー(HUMMER)のようで、これはどこの車だろうと不思議に思ったからだ。そして流暢な日本語も操るタイルンのソムポン社長が語った同社の歴史はまさしくタイ自動車産業の歴史の一局面を物語ってくれている。

電動トゥクトゥクを製造するタイルン

 「われわれはタイでの自動車の使われ方を知っているので、(日系などの)完成車メーカーがやらないような製品を開発する。これまでにいすゞ自動車、日産自動車などさまざまな改造車を作っている」と説明してくれたのはタイルン・ユニオン・カーのソムポン社長だ。

いすゞの最初のディーラーとしてビジネスを始めた同社は当初、日系自動車メーカーから供給された車台に自ら開発したボディーを含む部品を装着してその日系メーカーのブランド名を付けて販売していたという。バンコクではピックアップトラックをさまざまに改造して商用車などとして利用するケースが多い。「ソンテウ」と呼ばれる乗り合いバスもまさしくそうだろう。完成車メーカーが対応しきれない多様な需要に対し、タイルンは自ら車体の一部を開発・製造することで自動車部品メーカーとしてのノウハウを培っていったのだろう。

タイルンの電動バス
タイルンの電動トゥクトゥク

そして今は電気自動車(EV)にも力を入れており、電動バスのほか、バンコクで一気に普及しつつある話題の電動トゥクトゥク「MuvMi(ムーブミー)」もタイルンが開発・製造しているという。ただ、ソムポン社長は、「自動車はそれぞれの用途があり、内燃機関(ICE)車からEVに100%切り替えることは不可能だ。・・・都市部での短距離はEVを利用し、長距離はICE車が適している」と述べ、トヨタ自動車の「マルチパスウェイ」戦略を評価している。

タイのEV市場成長余地は大きい

その後もEVと自動車の未来をめぐる分析や議論は百家争鳴状態だ。タイ大手TMBタナチャート銀行(ttb)の経済分析センターは3月31日付のリポートで、タイでのEV乗用車は2023年には4万台に達するとの強気の予想を明らかにしている。

同リポートはまず、「多くの自動車メーカーが(EVの)販売価格を平均で2~10%引き下げたことが消費者のEV利用を加速させるだろう」とした上で、タイのEV登録台数は2019年の570台から2022年には9678台まで急増したが、2023年には前年比321.7%増の4万0812台になるだろうと予測。ただ、タイでは当初は国内販売用も主に中国からの輸入に依存しなければならないだろうとし、国内需要を満たす国内生産ができるようになるのは2024~2025年であり、輸出用は早くても3~5年後になるだろうとの見通しを示した。

その上で同リポートはEV市場における価格競争は激化し、世界の自動車市場のゲームチェンジャーになると指摘。その理由について、内燃機関(ICE)車のアイデンティティーや関心は低下している。EVは今や「車輪のある電子機器」であり、結果としてICEを未だに販売している伝統的自動車ブランドの魅力はなくなる可能性があるなどと分析している。

そしてEVの市場シェアではタイは他国に比べて極めて低いため、「タイの成長余地は大きい。結果として、中国メーカーのタイでのEV工場建設は、他の国での生産拠点開設と比べて採算分岐点に達するのはより早いだろう」と優位性を訴えている。

一方で、中国メーカーによるタイのEV事業への現時点での投資規模は、過去に日本企業が生産拠点を確立した直接投資額と比較すると小さいが、これは中国の工場からEVを輸入した方が、タイに生産拠点を開設するより安いからだと説明した。

このほか、タイが世界第2位の生産拠点となっている1トンピックアップトラックについて、タイがEVピックアップトラックの生産拠点になるにはEV乗用車よりさらに遅れ、今後、5年以上かかるだろうとの見通しを示している。このttbの分析リポートはEVに対する楽観論ばかりではないものの、そもそもEV議論の本質はエネルギー問題ではないのかとの認識は見えない。

EVに対する楽観度は低下

一方、KPMGインターナショナルが3月15日に発表した「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2022」ではEVに対する自動車業界幹部の認識の変化がうかがえて興味深い。この調査は毎年実施、今回が23回目で、30ヵ国914人の自動車業界のエグゼクティブが調査対象という。

このうち「パワートレインの未来」をテーマとするパートでは、「2030年までに各市場において新車販売台数の何パーセントがバッテリー駆動(ハイブリッドを除く)になると考えますか?」との質問を設定。

その結果について「ほんの1年ほどで、パワートレインの展望は大きく様変わりした。2021年の調査では、自動車業界のエグゼクティブは、世界全体のEV販売の見通しを非常に楽観視しており、2030年までに市場シェアの70%を占めるようになるとの回答だった。今回は最も高い予測でも40%程度まで下がっている」と報告。

特にインド、ブラジル、そして日本で顕著に低下しているという。これはインドはEVインフラに課題を抱え、「ブラジルではバッテリーよりもエタノールをはじめとした代替燃料が重視される可能性がある」としたほか、「日本の大手自動車メーカーは、ハイブリッド車の開発や水素などの代替エネルギー源に引き続き注力する可能性が高い」との見方を示している。

さらにこの質問への回答結果から、「EVに対する楽観度合いは、顧客に近い立場にあるほど低下している、米国では、自動車ディーラーは2030年までにEVが市場の22%を占めると予想しており、これは自動車メーカーの予測より8%低い」という。そして「全体として予測が見直された理由のひとつに、内燃エンジンからバッテリー駆動へと業界がシフトする中、自動車メーカーが非常に複雑な状況下に置かれていることがある」とし、原材料の調達、バリューチェーンのあらゆる側面に影響し、製品ライフサイクル上の各工程に変化をもたらすだろうと分析している。

自動車はスマホと同じか

また、同サーベイの「新たなテクノロジーと新規参入者」をテーマとするパートの中で、「次のテクノロジー企業は、自社ブランドの車を開発して自動車市場に参入すると思いますか」との質問を設定しているが、「はい」との回答が最も多かったのはアップルで、68%(前年60%)、2位がグーグルで、59%(同62%)、3位がアマゾンで、57%(同58%)の順だった。この調査からも「アップルカー」登場の予想、期待が大きいことがうかがえる。ttbの分析リポートでも指摘された「EVは車輪のある電子機器」といった認識は着実に広がりつつある。

しかし、今週のピックアップニュースで取り上げた8日のトヨタ自動車の緊急記者会見でも自動車の安全性に関する思想が垣間見られたが、公道上で事故を起こす危険性もある自動車を本当にスマートフォンと同列で考えて良いのか。スマホにもサイバーセキュリティ―の問題はあるが、人の命にかかわる自動車のリスクと明らかに違うだろう。長年、安全性に関しさまざまな経験を積み重ねてきた既存の自動車業界と同様のノウハウを新興企業、テクノロジー企業がすぐに身に着けられるのか。自動運転の現実性含め、注意深く見ていく必要がありそうだ。

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TJRI Editor-in-Chief

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社し、証券部配属。徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部などを経て、2005年から4年間シカゴ特派員。その後、デジタル農業誌Agrioを創刊、4年間編集長を務める。2018年3月から21年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。TJRIプロジェクトに賛同し、時事通信社退職後、再び渡タイし2022年5月にmediatorに加入。

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