改めてトヨタ自動車の戦略を確認 ~欧米の政府当局、メーカーはどう受け止めるのか~

改めてトヨタ自動車の戦略を確認 ~欧米の政府当局、メーカーはどう受け止めるのか~

公開日 2023.11.21

電気自動車(EV)をめぐる議論は引き続き刻一刻変化している。それはマスメディアよりもユーチューブの最新動画を見ているとよりビビッドに分かる。もちろん日本のユーチューブでは日本礼賛、トヨタ自動車礼賛の一方、EV最先進国ノルウェーの変調、中国の「EV墓場」、米テスラのトラブルなどを強調する「EV推進派の鬼の首を取った」的な若干偏向した番組も多い。ただ、丁寧に見ていくと、主張はそれほど的外れではなく、マスメディアがほとんど報じていないファクトを淡々とフォローしている番組もあり、参考になる。

11月14日付バンコク・ポスト(ビジネス6面)に転載された米ニューヨーク・タイムズ紙の記事が興味深い。同記事ではテスラのノルウェーのサービス拠点の元社員である技術者が内部告発している。同紙はずっとEV礼賛の論調を続けてきたが、最近になって、ようやくEV一辺倒に懐疑的なオピニオンも発信し始めているともされる。そして世界的にもトヨタ自動車とハイブリッド車(HEV)が再評価されているとするユーチューブ番組も増えている。タイでは11月1日に開催されたモビリティーに関するイベントでトヨタ自動車の幹部がスピーチした。ここで改めて同社のマルチパスウェーなどの自動車の未来に関するスタンスを確認してみたい。

カーボンとの闘いと電動化

「トヨタ自動車が過去20~25年間で、最もフォーカスしてきたのは、二酸化炭素(CO2)との闘いだ。いかにできるだけ早く、できるだけ多くカーボンを削減するか。皆さんはカーボンについて話すときには最初にバッテリーEV(BEV)を思い浮かべるかもしれない。これも良いソリューションだが、この課題はもっと複雑だ」

トヨタ・ダイハツ・エンジニアリング・アンド・マニュファクチャリング(TDEM)プラス・ガネシュ執行副社長は11月1日に開催されたイベント「MOBILITY LIVE」に登壇し、トヨタ自動車の「カーボンニュートラル・モビリティー」移行への基本的な考え方を説明した。同氏は「Toyota Mobility Concept」について、「電動化(Electrification)」「知能化(Intelligence)」「多様化(Diversification)」の3つの要素があるとした上で、カーボン・ニュートラリティーを考える際の視点として、①個々の自動車のCO2排出量 ②走行している自動車の台数 ③実際の走行距離―の3つをすべて見る必要があると強調。そのうち特に、①については、単に「Tank to Wheel(自動車の燃料タンクからタイヤを駆動するまで)」を見るだけでなく、「Well to Wheel(油田からタイヤを駆動するまで)」を見る必要があるとし、これには動力を得ているエネルギー・資源の分析が含まれると訴えた。

全ライフサイクル分析の重要性

そしてプラス氏は、トヨタ自動車が「電動化」に消極的だと言われていることについて、「実はトヨタは電動化では先駆者だ。1992年にEV部門を設置、1996年にはBEVを含む電動車を作った。そして1997年にプリウスを開発・販売した」と説明。そして「トヨタの視点としては、BEVや燃料電池車(FCEV)、水素エンジン車などのゼロエミッション車も見なければならない。これらが一部の顧客のソリューションになる可能性もあるからだ。さらに、プラグイン・ハイブリッド車(PHEV)や、バイオ燃料などCO2排出削減可能な混合燃料を使うICEもある。これらすべてがカーボン削減のソリューションだ」と強調した上で、異なった顧客、異なった利用方法があり、モビリティーニーズのすべてにソリューションを提供するのがトヨタアジアのスタート地点だと述べた。

さらに同氏は、もう一つの考えるべき要素として「ライフサイクル・アクション」を挙げ、「エネルギー生産、ロジスティクス、販売、リユース、リサイクル、バッテリーを含む部品の再生、自動車の廃棄まで全ライフサイクルを考えなければ真の問題に対処することにはならない」と訴える。

これらのオピニオンはまさに正論であり、環境重視で同様の分析ができるはずの欧州がなぜ、CO2排出削減を理由に性急なEV完全シフト姿勢を決めたのかが不可思議だ。本当にCO2削減と環境重視という理性的な判断からだったのか。それとも、日本のユーチューブがよく指摘するHVでかなわない欧州がトヨタつぶしに走ったということなのか。

EV補助金が終了したらどうなるのか

プラス氏は、トヨタ自動車が主張する「マルチパスウエイ」の原則に関連し、「エミッション」「エコノミクス」「顧客アクセプタンス」という「3つのレンズ」についても説明した。このうちエミッションについては「アジアの大半の地域では、再生可能エネルギーは全電源の10~20%にすぎず、大半がカーボン(化石燃料)依存だ」とし、各国とも2030年、あるいは2050年までにより多くの再生可能エネルギーを増やす必要があるが、それには政府による巨額のインセンティブ供与や補助金が必要になるとの課題を挙げる。

改めてトヨタ自動車の戦略を確認 ~欧米の政府当局、メーカーはどう受け止めるのか~
『マルチパスウェイの原則』出所:Toyota Motor Corporation

一方、エコノミクスに関連して、BEV普及には政府の補助金が活用されているが、いつまで必要なのか問題提起した上で、「欧州や中国を含め補助金支給をやめた場合、BEVの販売が鈍化することを考えなければならない」と指摘。もし新車販売台数の30%がBEVになったとした場合、残りの70%のCO2削減をどうするかが大きな課題だとした上で、「山の頂上」であるカーボン削減を達成する方法がマルチパスウェイだと改めて訴えた。

さらに、エネルギー源についてタイの現状に言及、「われわれは化石燃料でもより良い自動車にできる。タイではエタノールがソリューションの1つだ。さらにバイオ廃棄物も見ている」とし、ある国ではハイブリッド車(HV)やE85(エタノールを85%混合したガソリン)がベストソリューションになる可能性があると主張。一方で、エタノールを供給できない国ではBEVがベストソリューションになる可能性もあり、重要なのは、ICEからカーボンを減らすことを含め、「累積性があるカーボンを継続的に減らすことだ」との認識を示した。

『エネルギー源別のマルチパスウェイ』出所:Toyota Motor Corporation

プラス氏はもう一つの視点として、新車だけでなく現在走行している自動車の対策も重要だとし、「現在20年以上走行している車は18%を占めているが、CO2排出量の30~35%、PM2.5の30~35%がこうした中古車から排出されている」と報告。こうしたEVも含め自動車の寿命(End of Life)に対処し、より良い技術で廃棄するなどの「ライフサイクル・アクション」にフォーカスする必要があると強調した。

テスラ、中国EVメーカーの変調とタイ

プラス氏は「トヨタ・モビリティー・コンセプト」のうちの「知能化」については、「Efficient Transport Operation Support System(E-TOSS)」を紹介。日本で道路輸送から排出される全CO2の約40%を占めている走行距離が極めて長い商用車対策としてコネクテッド技術を活用して、荷積み作業、ルート、そして運転手の行動をそれぞれ最適化すれば、通常のICEでもCO2排出を15~20%は削減できると明らかにした。

また、同コンセプトの「多様化」では、例えば、主に米国、あるいは欧州、中国にフォーカスしている自動車会社もあるが、トヨタ自動車は「世界全域に同様のシェアを持ち、地域は多様化、顧客も多様化している」と指摘。自動車の利用方法もファミリー用、ビジネス用、高齢者用、コミュニティー用、カーシェアリング用などさまざまで、「すべての顧客に適切なソリューションを提供しなければならず、1つの技術だけを選ぶことはできない」として、「モビリティー・フォー・オール」の重要性を改めて訴えた。

冒頭で少し触れた、米テスラのノルウェー拠点の解雇された技術者は、同社の「オートパイロット」と呼ばれる運転支援ソフトウエアの安全性に関わるトラブルを含む大量の内部情報をドイツのメディアなどにリークしたことで、両者の間での訴訟に発展しているという。

EVの先駆企業として急成長を続けてきたテスラ、そして世界のEV最先進国として知られるノルウェーを舞台にした事件が象徴するものは何か。そしてEV生産大国である中国でのEV大量廃棄問題が暗示する未来は何か。トヨタ自動車が主張するライフサイクルを真剣に重視している国は世界にどのぐらいあるのか。バッテリーが劣化し、廃棄、リサイクルのニーズが本格化するとされる数年後にEVをめぐる世論はどう変わってくるのか。中国のEVメーカーが大挙押し寄せ、現地生産も始まるタイもこうした中国、そして世界の状況をより注意深く見守っていく必要がある。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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