ラオス中国鉄道が映し出す東南アジアの未来

ラオス中国鉄道が映し出す東南アジアの未来

公開日 2022.11.08

ラオスの首都ビエンチャンと同国の中国国境の町ボーテンを結ぶ「ラオス中国鉄道」の一部区間に先日ようやく乗ることができた。昨年12月3日の開通式典は、新型コロナウイルス流行中で現場取材はかなわなかった。同鉄道は中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の一環でもあり、中国雲南省の昆明からラオスを縦断し、将来はタイ、マレーシア、シンガポールまでつながる壮大なプロジェクトの先駆けとして世界的にも注目を集めている。中国がゼロコロナ政策を継続する中では、ラオス側が期待する中国人のラオス観光旅行が本格化するのはもう少し先のことになりそうだが、その時にはラオス経由での中国の東南アジアへの浸透が加速する可能性もありそうだ。

ラオスの中国向け債務のGDP比は合計で65%

ラオス中国鉄道プロジェクトは、2015年11月に両国政府が合意、2016年から建設工事が始まり、5年余りで完成した。ビエンチャンからボーテンまでの総延長は422キロで、すべて単線の標準軌だ。全行程のうちトンネルが75カ所、橋は167カ所、総駅数は33カ所。トンネルの多さは筆者も実際に乗車して実感した。最高時速は160キロとされ、当初は「ラオス中国高速鉄道」と表現されていたが、実際には「中速」となったことから、今の名称で呼ばれるようになった。建設総額は最終的に59億~60億ドルとされる。

アジア経済研究所の地域研究センター動向分析研究グループの山田紀彦・研究グループ長は、「建設・運営はラオス鉄道公社と中国企業3社が出資したラオス・中国鉄道株式会社が担い、建設総額の40%を負担する。出資比率は中国側70%、ラオス側が30%。ラオス側の出資額、約7億3000万ドルのうち4億8000万ドルはラオス政府が中国輸出入銀行から借り入れ、残り2億5000万ドルは政府予算から支出した」と説明する。

ラオス中国鉄道の事業費用の中国依存から、ラオスが「債務の罠」に陥るとの懸念も根強い。これについて、山田氏は米民間調査会社のデータを引用し、「ラオスの中国へのソブリン債務は国内総生産(GDP)比で29.4%だが、国有企業や特定目的会社などへの貸し付け、いわゆる隠れ債務がGDP比で35.4%あり、合計で64.8%になる。ラオス中国鉄道の実施方式もこれに該当し、鉄道会社が約35億ドルの債務を返済できなかった場合には、ラオス政府にとって偶発債務になる可能性が指摘されている」と警告する。

巨大駅舎と静かな車内

ラオス中国鉄道のビエンチャン駅舎 = 10月22日

筆者がラオス中国鉄道に乗ったのは10月22日。前日21日ファランポーン駅から夜行寝台でノンカイへ。ノンカイからバス等を乗り継ぎ、コロナの時に渡れなかったタイ・ラオス友好橋経由でビエンチャンへ。そして、ビエンチャン中心街のショッピングセンターから郊外にあるラオス中国鉄道駅にタクシーで向かう。間近で見る駅舎は天井が高く巨大で、正面にはビエンチャンの漢字表記「万象」が大きく掲示されている。乗車したのは15時05分発のルアンパバーン行き。2等車両で24万2000キープ(約2100円)だった。車内は機能的で、クリーン、そして極めて静か。駅のスタッフや乗務員も丁寧で、訓練が行き届いている印象だ。車内は主にタイからと思われる観光客でほぼ満席だった。

ラオス中国鉄道の車両 = 10月22日

途中駅バンビエンからルアンパバーンまではトンネルの連続で、相当な資金が必要だっただろうとすぐに想像がつく。首都ビエンチャンですらまだ発展途上の街であることと比較して、この鉄道システムの立派さにいろいろ考えさせられる。そしてほぼ定刻通り約2時間でルアンパバーンに到着。この駅も大きい。これからラオスがどんな国になっていくのか興味深い一方で、中国が国内に初めて作った高速鉄道が当時どんな水準だったかを改めて知りたいと思った。

中国が高速鉄道の世界のリーダー

9月30日付のバンコク・ポスト紙は「China Watch」面で、中国英字紙チャイナ・デーリーの高速鉄道に関する解説記事「高速鉄道のノウハウを共有する国」とのタイトルの記事を転載している。同記事は、中国は1990年代に高速鉄道建設の調査を始めたとした上で、「2008年に北京と天津を結ぶ、時速350キロの中国初の高速鉄道の運転が始まった。中国は後発だったにもかかわらず、世界的にも高速鉄道分野のリーダーになった」と強調。さらに「短期間で大きな進歩とブレークスルーを達成し、高速鉄道網は世界でもトップランクになった」と語る中国国家鉄路の幹部の誇らしげなコメントを引用している。実際、昨年末時点で、中国の高速鉄道網の総距離は4万キロで世界の3分の1以上となり、その建設ペースは減速しておらず、今年上半期だけでも新たに開業した高速鉄道路線が996キロになったという。

同記事は、中国は高速鉄道の経験・ノウハウを他の国と共有することを望んでいるとし、具体例としてインドネシア・ジャカルタのバンドン高速鉄道の現状を紹介。さらに、ラオス中国鉄道については、中国が主要投資家となり、建設、運営する中国初の国境超え鉄道プロジェクトだと表現した上で、同鉄道は「中国とラオス、そして東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の物と人の移動を改善する」と強調。運用開始から最初の6カ月間で、中国側からは280万人、ラオス側から41万人、合計約320万人の旅客を輸送、403万トンの貨物を運んだと報告している。

バンコクが中国と鉄道でつながる日は

「ラオス中国鉄道に対しては、日本でも中国の債務の罠という否定的な意見や、中国の影響力拡大という危機感をあおる論調が多かった。しかし、ラオス中国鉄道はラオスから提案し、ラオス政府も債務や中国の影響力という問題を認識した上で中国側に猛プッシュをかけた」と語るのはアジア経済研究所の山田氏。そしてラオス国民も当初はこのプロジェクトに否定的な意見も多かったが、いざ出来上がると、経済的発展の象徴として非常に好意的に受け取っているという。ただそれでも「10年後、20年後に、今と同じように近代化の象徴として見ているか、それとも中国のプレゼンスの高まりを嫌がるようになるのか、現時点では何とも言えない。中国ラオス鉄道はラオスが今後、中国とどう付き合っていくのがいいのかという大きな課題を突き付けた」とも言う。

筆者がコロナ流行期間中の昨年12月に、タイ北部ノンカイに旅行した時、ビエンチャンにつながるタイ・ラオス友好橋の下から橋の様子を眺めていると、コンテナを積んだ大型トラックのみがゆっくり行き来していた。コロナ期、一般車両はラオス側には渡れなかったためだ。タイ地元メディアは、ラオス中国鉄道の開通後、貨物輸送が急拡大していると何度も報じている。筆者もノンカイ側の主要道路に何十台ものコンテナを積んだトラックが駐車しているのを目の当たりにした。そして、ノンカイからウドンタニにつながる道路の幅広さに驚いた。現在進められている拡張工事が完了すれは片側4~5車線は確保できそうな広さだった。

タイ政府は現在、ノンカイ―バンコク間の高速鉄道建設作業を進めている。何度も遅延し、本気で作る気はないのではとも見方もあったが、ここにきてラオス中国鉄道の貨物輸送の好調さと旅客人気を見て本気で取り組み始めている印象もある。果たしてタイ初の高速鉄道がいつ完成し、本当にバンコクからラオス中国鉄道につながるのか注目を集め続けることになりそうだ。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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