タイの地方活性化策とは ~バンコク都との所得格差縮小は可能か~

タイの地方活性化策とは ~バンコク都との所得格差縮小は可能か~

公開日 2023.05.16

タイが先進国入りを本当に目指すとした場合の最大の課題の1つが世界最高水準ともされる貧富の格差の是正だろう。しかし、今のタイの「国体」、政治社会構造の根本的な変革がない限り、格差是正はほぼ無理だろう。それでも、バンコク首都圏と地方部の所得格差を、選挙公約でよくある低所得者層への単純なバラマキではない合理的な方法で少しでも縮める努力は続けてほしいと思うし、今回の劇的な総選挙結果が、タイの国体にも何らかの変化をもたらすのか注目したい。

そんな中で今号のFeatureで紹介した、チョー・タウィーのスラデッチ社長の地元コンケン県での民間主導の地域経済発展の取り組みは興味深い。スラデッチ氏の言う「コンケンモデル」がバンコク首都圏や地方部の実質的な生活水準の格差是正に役立つことを期待したい。

タイ77県の人口と1人当たり所得

タイの地方自治体はバンコク都を含め77都県もある。日本の47都道府県と比べて大幅に多く、タイに初めて赴任して5年近くたつが未だにほとんど聞いたことのない名前の県も多い。2022年12月時点の県別人口のランキングをみると、バンコク都が約570万人と、タイ全人口の約6760万人の8%超を占めている。ただナコンパトム、ノンタブリ、サムットサコンなどを含むいわゆるバンコク首都圏(6都県)まで広げると、一気に約1400万人、タイ全人口の2割強となる。そして、バンコク以外の、県別人口ランキングは、2位がナコンラチャシマ(コラート)で約270万人、以下は一気に100万人台に減りウボンラチャタニ、コンケン、チェンマイ、ブリラム、ウドンタニ、チョンブリ、ナコンシタマラート、シーサケットなどと続く。日本人がバンコク以外で一番知っているチェンマイは県としても5位でしかない。

そして1人当たりGDPを県別(GPP)にみるともっと興味深い。2021年のタイ国家経済社会開発庁(NESDB)のデータによると、1位はバンコクではなく東部経済回廊(EEC)の中核として工業団地が集中する東部ラヨン県で、2位がバンコク、3位以下はチョンブリ(EEC)、プラチンブリ、アユタヤ、チャチュンサオ(EEC)、サムットサコン、サラブリ、ナコンパトム、サムトプラカンとバンコク周辺県が続く。そして、人口では4位で、タイ東北部イサーンの中核県の1つコンケンが1人当たりGPPでは何と77県中33位に沈んでいること驚く。

イサーンでの日系企業の取り組み

筆者はコンケンを鉄道などで通過したことはあるが、コンケン市内に降り立ったのは2021年7月の出張取材の1回のみ。それもコンケン空港についたものの、そのまま車で取材先に連れていってもらったら、コンケン県内ではなく隣のマハサラカーム県だった。取材対象は、静岡ガスとタイの電力分野のベンチャーキャピタルであるVNETパワーとの合弁会社「VNET・SGパワー」が、同県にあるラチャパット・マハサラカーム大学の建物の屋根に太陽光発電設備を設置し、同大学に電力供給をするというプロジェクトだった。これは環境省の二国間クレジット(JCM)資金支援事業に採択されたもので、静岡ガスとしては初の海外再生可能エネルギー開発案件でもあった。日本企業とタイの地方大学との連携という珍しい事例だったため強く印象に残っているが、それ以上に、もともとコンケン取材と聞いていたのに、実際の場所はマハサラカームという全く聞いたことのない県名だったことに恥ずかしながら少し驚いた。

この案件以外にもコンケン県での経済ニュース記事を執筆することは何度かあった。2021年4月には、現地取材はできなかったものの、泰国三菱商事がコンケン大学と大学構内での再生可能エネルギーの実証試験など環境に優しい地域自立型の社会構築で協業する覚書(MOU)締結という案件もその一つ。三菱商事が長年、コンケン大学(KKU)に語学研修生を派遣していることは前から聞いていた。バンコクの大学ではなく、あえて地方の大学に放り込むことでタイ語をしっかり習得させようというのが狙いだ。三菱商事はさらに2018年ごろからはKKUの学生に対する奨学金制度を作り、卒業生を採用しているともいう。三菱商事としてはこうした協力関係のあったKKUの教職員・学生約5万人、キャンパス面積は皇居の8倍という巨大大学の潜在性に注目しMOU締結に至った。そして同年3月にはこの協業事業の成果の一つとして同大学工学部による電動バイク12台の製作、充電ステーション3基の開発・設置が完了し、成果を披露する記念式典を開催した。

タイの地方発展のあり方とは

コンケン県は人口でいうと全国4番目だが、それでも170万人程度と日本でいえば熊本県などに近い水準だ。さらに1人あたりGPPは12万4500バーツ程度しかなく、1バーツ=4円で円換算すれば49万8000円となり、日本の都道府県の1人当たりGDP(最低の奈良県でも260万円程度)とは一桁違う水準となってしまう。やはり日本の地方とタイの地方との経済力格差は最近の円安を考慮しても歴然だ。逆に言えば、バンコクの経済発展がタイの地方にも波及していくとするなら成長余地は極めて大きいと言えるかもしれない。その意味でも、チョー・タウィーのスラデッチ社長の民間主導でのコンケン県の経済発展の取り組みに注目したい。

TJRIが2021年9月に開催したオープン・イノベーション・トークに登壇したアジア最大の製糖会社Mitr Phol(ミトポン)グループもコンケンに工場を持っている。この時、同社のプラウィット最高業務責任者(COO)は、製糖会社から「世界的なバイオ関連産業のリーダー」を目指す戦略を明らかにする中で、タイ東北部、イサーン地域の大学などとの共同研究の場として「コンケン・イノベーション・センター(KKIC)」を開設する計画を明らかにした。その後、KKICは2022年12月にバイオテクノロジーのイノベーションを加速させるためイサーン地方では最大規模の「BCGエキスポ/フォーラム」を開催するなど活動を始めている。

さらにプラユット首相が委員長を務める特別経済特区政策委員会は2022年5月に、北部経済回廊(NEC)、東北部経済回廊(NEEC)、中西部経済回廊(CWEC)、南部経済回廊(SEC)という4つの新たな経済回廊計画を承認し、東部経済回廊(EEC)と同様の恩典で投資を促進していくことを決めた。このうちNEECは、コンケン、ウドンタニ、ナコンラチャシマ、ノンカイの4県が対象となり、コメやキャッサバ、サトウキビなどの豊富な植物資源を生かし、バイオ経済の製造拠点、サプライチェーンを整備していくとしている。

先週末12日に東北部ブリラムに日帰り出張した。目的はこのTJRIニュースレターでも紹介し、読者の反響が大きかったサイアムレイワ社の大麻栽培工場を初めて現地取材するためだった。詳細は改めて報告するが、タイの地方都市で3回目の訪問というのは筆者にとっては珍しい。1回目は昨年6月にブリラム市のチャーン国際サーキット開催された第2回大麻フェアの取材、そして2回目はトヨタ自動車グループが同サーキットで開催したアジア戦略を説明する記者会見のカバーだった。前2回の訪問でもブリラム県の道路の充実ぶりには驚いたが、今回、ブリラム空港を利用して気づいたのが、現在の空港ターミナルの隣に、巨大な新ターミナルを建設していたことだ。ブリラムは今回の選挙でも与党としては最多の議席を獲得したタイ誇り党のアヌティン党首(副首相兼保健相)とそのボスの地元として知られ、大麻産業振興のメッカだ。今回の訪問で、政治家にとって地元への利益誘導がいかに重要かを改めて実感させられた。

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TJRI Editor-in-Chief

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社し、証券部配属。徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部などを経て、2005年から4年間シカゴ特派員。その後、デジタル農業誌Agrioを創刊、4年間編集長を務める。2018年3月から21年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。TJRIプロジェクトに賛同し、時事通信社退職後、再び渡タイし2022年5月にmediatorに加入。

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