新政権でも主要経済政策に変更はない ~「タイ政治の行方」セミナーで、ソムチャイ氏~

新政権でも主要経済政策に変更はない ~「タイ政治の行方」セミナーで、ソムチャイ氏~

公開日 2023.07.04

TJRIは6月6日、5月14日のタイ下院総選挙で革新系の前進党が第1党になるという予想外の結果を受けて、タイを代表する政治経済学者のソムチャイ・パカパーッウィワット氏を特別講師に迎え「タイ政治の行方~専門家による2023年タイ総選挙解説」と題するセミナーを開催した。

同氏は、チュラロンコン大学文学部卒業で、欧州各地で世界の政治・経済を学んだ後、タマサート大学の政治学部で教鞭を振るい、副学長も務めた。さらに、タイ証券取引所(SET)顧問、上院議員、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の政治経済担当顧問など、タイの政治・経済界の架け橋役としても活躍した。

投票方法の変更で前進党に有利に

今回のセミナーは、(1)2023年総選挙結果の解説(2)今後の予測される展開(3)日本企業に与える影響(4)Q&A ― の大きく4部構成。ソムチャイ氏はまず総選挙結果について「自分自身も予想しなかった前進党の勝利だった。これは投票方法の変更が大きく影響している」と強調した。前回(2019年)総選挙では小選挙区の候補者への1票による投票で、候補者の所属政党の比例代表への投票を兼ねる投票制度だった。今回は、小選挙区は候補者個人名に投票し、最も多くの票を獲得した候補者1人が当選する一方、比例代表は政党名に投票し、得票数に応じて議席を配分する方式に変更された。タイは特に地方部では政党より個人的つながりで投票することが多いため、前回総選挙では人的つながりで投票した候補者の所属政党が有利だった。今回は比例代表では小選挙区の候補者の所属政党とは関係なく政党を選ぶことができるため、地方でも人気があった前進党の獲得票が増えた。

若者の投票増加、具体的な公約

またソムチャイ氏は、「今回は2014年に起きたクーデターから、これに対する反発、経済的な問題、さらには政治腐敗問題から、理想的な社会を追い求め、変化を望んだ若者が何百万人も増え、前進党を選んだことも背景だ。もともとタイ政治は『Tactical Party(戦術的政党)』が支配的で、過去の選挙公約は具体性に乏しかった。しかし、今回は日本や米国に近い、『Strategic Party(戦略的政党)』になったのが前進党だった」と解説した。

SNSの活用と『Change!』のブランディング

さらに、「ほぼ独裁的だったタイの政治を『民主主義』というキーワードを使って戦った。独占的政治を変える巧みなブランディングだ。そして、タイ貢献党を選んでも変わらないと思っている人も多くいるから、『Change!』とのブランディングを打ち出した。一方、SNSのコンテンツクリエーターが選挙の2~3日前には、SNSで投票用紙の前進党の番号である『31』をアピールする宣伝活動が一気に拡散した。例えば、買うべきスニーカー31足、猫を飼う31のメリット、オレンジ系のメイクアップ31の方法、などだ」と分析した。

5つの連立政権のシナリオ

ソムチャイ氏は今後のステップについて、「首相を選ぶ際には、上院の票が必要になる。上院議員は250人、下院議員は500人で、325以上の票を取れなかったら、首相にはなれない。任期が5年の下院議員は4年前に選ばれており、来年5月11日に250人任期は終わり、首相を選ぶ権利はなくなる。しかし、今の上院は保守的な人が選ばれており、民意を尊重して前進党のピター党首に投票する人は数十人しかいないのがハードルだ」と指摘。また、「大臣ポストをタイ貢献党とどのように分配するのか。下院議長は基本的に第1党となった前進党になるはずだが、前進党の交渉力が少しずつ弱まっており、下院議長はタイ貢献党が取るのではないかとの見方も強まっている」と述べた。

続いて、同氏は連立政権のシナリオについて以下のようなパターンがあると予想する。

(1)前進党首班の政権ができる。ただこれはハードルが高い。

(2)タイ貢献党が主導権を握り、タイ誇り党や国民国家の力党、タイ団結国家建設党などと連立政権を樹立する。しかし、今のプラユット首相、プラウィット副首相がどのようなポジションにつくか。タイ貢献党は選挙運動中にこの2人と組まないことを明言していたので、選挙公約違反が問題視される可能性がある。

(3)188の議席数しかない現在の連立与党が他の政党と組んで、上院議員の協力を得て政権を作る。しかし、運用上のハードルが高く、現実的ではない。

(4)新政権を作れず空白状態となり、来年5月11日まで今のプラユット政権が続く。これも運用上は難しいが、シナリオとしての可能性はある。

(5)新憲法(2017年)では、上院と下院の合計議員数の3分の2以上(750票中の500票以上)が合意すれば、上下両議員以外から首相が任命される可能性もある。

同氏の意見では可能性のあるシナリオは1か2か5。前進党がピター党首のメディア株保有問題でつぶされた場合はシナリオ2になる可能性が高いと予測している。

MOUは心理戦で、タイ貢献党に裏切られないため

同氏は8党が連立政権樹立に向けた政策覚書(MOU)を結んだ理由について、「覚書締結は、心理戦だと見ている。各党が絶対に譲れない公約は含まれておらず、抽象的なことしか書いていない。どの政党も重要な問題として見ていないことばかりを心理戦として盛り込んだ。タイ貢献党に裏切られないためであり、国民を味方にするための1つの手法だ。具体的にこれらの政策を実現に向け推進しようとすれば、その時には各党のぶつかり合いも出てくる。今のところは美しく見えているが、簡単ではない」と認識を示した。

福祉政策の公約実現はほぼ不可能で、財務大臣の責務重い

ソムチャイ氏は続いて「前進党の公約である『3D』について、①Demilitarize=軍を中心とした政権をやめる②Demonopolize=独占を禁止する③Decentralize=地方に権限を渡す」-と説明した上で、政策実現に向けた財源問題を分析する。同氏は、「これらを実現するには巨額の資金が必要になるため、財務大臣は前進党から出す必要がある。また、最低賃金を引き上げた場合、経済にどのくらい影響与えるかも分析、推計しなければならないので、財務大臣の仕事は非常にチャレンジングだ。前進党の公約は財源の制約が多い。例えば、高齢者に月3000バーツの手当を配る政策公約では、60歳以上の人口が1300万人で、16年後には2300万人に増えると言われており、高齢者手当だけで毎年政府が投資に使える金額の半分以上を占めてしまう。このように福祉政策の公約は非常に重く、どうやって財源を確保するかが課題だ。軍の予算を減らしても足りないだろう。また、税収を増やすために税金を増やすことは個人も法人も反対し、実現しないだろう。結局、現実的ではない」と断言した。

タイは安い労働賃金の国にとどまる可能性ある

そして同氏は、「公約を実現するには国内総生産(GDP)の伸び率を最低でも5%にする必要があるが、最近は3%に過ぎず、達成は難しい。タイは製造業の拠点として経済成長してきたが、今後は人口知能(AI)やIT技術が主流になるが、これらの分野ではタイは強みを持っていない。経済成長率5%を実現するためには構造改革をしなければならない。長期的な計画になり、教育から変えなければならない」と訴えた。

さらに、「タイ国民が数学や科学も弱くなったら、安い労働賃金に支えられた製造拠点にとどまってしまい、他国からの技術輸入に依存するというジレンマに陥ってしまう。タイは日本のように高齢化社会が進んでおり、明らかに税収が減っていく見通しだ。前進党の公約は抽象的なことを並べている。結局、公約は実現しないか、途中で資金がショートするかのどちらかに転ぶしかない」と警告した。

ゼロベースの国家予算は不可能

また、「ゼロベースの国家予算も打ち出したが、国家予算を新たに組むのはほぼ不可能だ。理由はタイの国家経済・社会開発計画だ。政府の20年計画をもとに、5年で予算を細分化して確保しなければならない。すべてをゼロからリセットするということだが、税収がいくら入ってくるか、世界的な景気が良くなるか悪くなるかを毎年予測しなければならないので、非常に難しい」との認識を示した。

デモは必ず発生するが、経済には影響ない

ソムチャイ氏は今後、新政権発足に向けてデモ活動が起こる可能性について、「どのような連立政権になるかにかかわらず、必ずデモは起こる。ただ、過去の経験からは、デモが起きてもタイ経済には影響はなかった。セントラルワールドを燃やしたり、空港を占拠したりするなどの過激なデモではなく、小さなデモは必ず起きる。一方、軍がクーデターを起こすことはないと思う。ただ、事態が悪化し、国民の要請があればその可能性がある。その時は軍の意思ではなく、国民や民間セクターの意志によるものだ」と述べた。

どんな政権でもEEC、タイランド4.0、BCGの政策に変更はない

ソムチャイ氏は最後にタイ経済に与える影響について「どんな政権になっても、『東部経済回廊(EEC)』、『タイランド4.0』、『バイオ・循環型・グリーン(BCG)』という主要経済政策に大きな変更はないだろう。ただ、支援策が遅れる可能性はある。これらの推進は国の利益であり、政府は進めなければならない」と訴えた。

タイ政治セミナーの様子
タイ政治セミナーの様子

TJRI編集部

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