スタートアップはタイ経済を変革させられるか

スタートアップはタイ経済を変革させられるか

公開日 2022.11.29

今号のFeatureでは今年後半、相次いで開催されたスタートアップ企業のピッチイベントを紹介した。そこでは、タイ、日本ともエネルギー・脱炭素、電気自動車(EV)、農業・バイオ、医薬品・ヘルスケア、そして人工知能(AI)利用を含むデジタルなど、このTJRIニュースレターでも頻繁に取り上げてきた産業分野が多い。特に地球温暖化問題への関心が一段と高まる中で、若手起業家も冷静にこれらの分野にターゲットを定めている。

一方、資金の乏しいスタートアップ企業は投資家を呼び込む必要があり、その環境がタイでもできているのかが気になる。その意味ではFeatureで紹介したロック・タイランドでのタイ大手・財閥企業のベンチャー・キャピタル(VC)の登壇は興味深い。タイの経済ニュースをウォッチしていると、こうした大手企業のベンチャーキャピタルが積極的にスタートアップ企業支援をアピールしているニュースを頻繁に目にする。一方、日本は日本貿易振興機構(ジェトロ)が粘り強くスタートアップ支援のイベントを開催している。

RISEとアユタヤ銀、フィンテックで連携

「タイや東南アジアを変えたい。タイと東南アジアの国内総生産(GDP)を1%引き上げるのがわれわれのミッションだ。この地域で多くの事業を行っている大企業と、スタートアップとが協業し、連携することができる。なぜなら大企業は多くの顧客を持っており、一方、スタートアップは技術を持っているからだ」

こう力説するのは、6年前に創業し、タイを代表するアクセラレーターとなったRISEのスパチャイ・パチャリヤノン最高経営責任者(CEO)兼共同創業者だ。同氏は日本貿易振興機構(ジェトロ)とタイ・イノベーション庁(NIA)の共催で10月20日に行われた「J-Bridge 有望タイ・スタートアップとの協業・連携ウェビナー2022」の第1回で基調講演を行った。これまでに2000社以上(合計評価額は20億ドル以上)のスタートアップがRISEアクセラレータープログラムを卒業。さらに、400社以上の大手企業や政府機関と協力し、独自のコーポレートアクセラレーターと「イントラプレナー」プログラムの運営を行なっているという。

同CEOは、同社の事業の4本柱の1つである、コーポレート・イノベーション・コンサルティング事業について、6年前に三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)傘下アユタヤ銀行(Krungsri)とタイ初のフィンテックのオープン・イノベーション・プログラム「Krungsri RISE」をスタートさせたと説明。これまでに世界のフィンテックのスタートアップ企業65社を選定、そのうちの既に70%がアユタヤ銀の事業部門と連携、5社がアユタヤ銀のベンチャーキャピタル(VC)子会社「クルンシィ・フィノベイト」から資金調達した報告した。

RISEはこのほかにも、東南アジア初の人工知能(AI)オープン・イノベーション・プログラムでは2019年に10カ国からAIスタートアップ32社を選定、そのうち80%が既に企業パートナーと協業しているという。スパチャイ氏はまた、大企業がイノベーションを推進し、成長を加速するための1つの方法として外部からではなく、内部の人材を活用する方法もあるとし、RISEはこれまでにも大企業が内部で、スタートアップ企業や子会社を作る手伝いもしてきたと述べた。

スタートアップの海外展開が課題

昨年6月1日付のタイ英字紙バンコク・ポストによると、宅配フラッシュ・エクスプレスなどを手掛けるタイの物流大手フラッシュ・グループのコムサン最高経営責任者(CEO)は、シリーズD、Eの資金調達ラウンドで1億5000万ドルを調達し、タイでは初のユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場新興企業)になったことを明らかにした。同社は、北部チェンライ県の中華系の貧しい家庭に生まれたコムサン氏が2018年に4億バーツの資金で創業。東南アジアで第3位の物流企業になるという野心的な目標を設定しているという。コムサンCEOはバンコク・ポスト紙に対し、「いかに貧しいか、名字が何か、どこを卒業したかにかかわらず、市場規模が十分に大きい産業を選び、参入可能なニッチビジネスを見いだし、良いチームを持てればあなたもユニコーンになれる」と語ったという。

東南アジアのユニコーンではグラブ(シンガポール)やゴジェック(インドネシア)などが有名だ(両社は既にユニコーン卒業扱い)。特にインドネシアが先行している一方で、タイにはユニコーンがなかなか登場せず、このフラッシュ・エクスプレスがようやく第1号とされる。Featureで紹介したテックソース・グローバル・サミットのジャパン・パビリオンやJ-Bridgeでコーディネーター役を務めるEN Innovationの宮田直栄CEO兼創業者は、「タイでなかなかユニコーンが出なかったのは、人口など市場規模の問題ではないか。インドネシアは市場が大きい。タイのスタートアップは、まずタイ重視で、東南アジアに事業展開ができる企業はまだタイでは見当たらない」と説明する。

宮田氏はさらに、スタートアップ企業が海外に事業展開するには、パートナーを作り、人材を確保しなければならず、そこではカントリーマネジャーの見極める力が必要だが、タイではその力がまだ弱いのではと推測する。一方でタイの財閥企業は海外展開しているので、スタートアップも財閥企業と一緒にやりたいというところが多いとも指摘。フィンテックに関しては他の国と比べてもタイは銀行が強く、スタートアップも銀行と組まざるを得ない状況となっていると考えている。

ユニコーンがロールモデルに

しかし、宮田氏は「タイでも昨年からユニコーンが5社ほど出始めており、こうしたロールモデルが出てくると、これらを目標とするスタートアップが増えてくるのでは」との期待を示す。さらに、最近シリーズCラウンドの資金調達で800万ドルを確保した顧客管理(CRM)システムを手掛けるチョコカード・エンタープライズは日本企業の出資も受けたとし、これは今までアユタヤ銀のアクセラレータープログラムや他のプログラムなどで培ったネットワークを通じてつながったためなので、引き続きこのようなグローバルネットワークへのきっかけづくりは必然だと説明。もっとグローバルにアクセスできるプラットフォームを使ってつなげていくことが大事だと訴えた。

一方、宮田氏は日本のスタートアップのタイでの事業展開の可能性について、テックソースやロック・タイランドのピッチに参加した日本のスタートアップも以前よりも「クオリティーが上がっている」とした上で、ジェトロが主催したこれらのピッチイベントに参加して、「タイの市場はいいと感じてもらい、会社内でタイでもちょっとやってみるかと思わせるだけでも成果だ」と指摘。実際にタイに進出した成功事例も出始めていることも明らかにした。そしてタイ市場について、タイの財閥企業がスタートアップ支援を3年以上続けていることを評価している。「スタートアップは1~2年で成長するイメージがあるが、より長期で見ていく必要もある」と訴えた。日タイのスタートアップ企業が、ポストコロナのタイ経済の新たなけん引役になれるか見守っていきたい。

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TJRI Editor-in-Chief

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社し、証券部配属。徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部などを経て、2005年から4年間シカゴ特派員。その後、デジタル農業誌Agrioを創刊、4年間編集長を務める。2018年3月から21年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。TJRIプロジェクトに賛同し、時事通信社退職後、再び渡タイし2022年5月にmediatorに加入。

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