寄稿:助川成也|タイでのAPEC首脳会議の成果と評価、そして課題(下)

寄稿:助川成也|タイでのAPEC首脳会議の成果と評価、そして課題(下)

公開日 2022.12.14

前号では2022年のアジア太平洋協力会議(APEC)の首脳会議での「首脳宣言」採択における議長国タイの手腕と3つの成果物の概要について述べてきたが、今号では3つの成果物について具体的にみていく。

3つの優先課題の成果と課題

Open〜FTAAP再始動も推進は困難

アジア太平洋経済協力会議(APEC)は先進的・野心的な取り組みを試す「アイディアの実験場」(Incubator of Idea)とも言われる。2004年にはAPECビジネス諮問委員会(ABAC)がAPEC全域の自由貿易協定(FTA)を提言、これを受けて2006年、米国が「アジア太平洋自由貿易圏」(FTAAP)を提案した。

この提案から既に16年が経過している。この間、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の2つのメガFTAが検討・交渉が開始され、多くの国々がそれらに相当の人的資源・コストを投入した。FTAAPはこれら2つのメガFTAを両輪として構築されると認識されてきたが、これら2つのメガFTAが交渉されている間はFTAAPについて交渉開始に向けた具体的な検討は行われていない。

TPPは米国が抜け、新たに環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)として2019年1月に、またRCEPは交渉終盤でインドが離脱したものの、2022年1月にそれぞれ発効した。それらアジア太平洋を跨る2つのメガFTAが発効したことで、タイは次のステップと目されていた高いスタンダードの包括的な地域的事業に貢献する「FTAAP」の再起動に飛びついた。今回のAPECでは2023~2026年の4年間の作業計画が策定され、閣僚会議では同計画が歓迎された。

ただし、FTAAP構想がそのまま順調に進むかは見通せない。例えばFTAAPの構成メンバー問題が立ちはだかる。APECの延長線上でFTAAPが議論されるのであれば、必ずロシア問題の再燃は免れない。また米国も、国内から強い反対を受けてCPTPPにすら参加出来ていない中、FTAAP推進に向けて国内合意形成を目指すかは疑問である。また米国はFTA交渉に不可欠な大統領貿易促進権限(TPA)が2021年7月に失効、通商および関税交渉権限はバイデン政権(行政府)から議会に戻された。

むしろ米国は2022年5月に13カ国で立ち上げた「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)を最優先して取り組むであろう。米国は「21世紀の経済統合ルール形成を主導する」として提示したIPEFは、サプライチェーンからの中国の排除が念頭にある。レモンド米商務長官は「重要な問題に対する中国のアプローチに代わる選択肢を提示する」と語っている。

APEC首脳宣言では「FTAAPアジェンダの作業計画を通じて、高品質で包括的な地域的取り組みに向けたこのモメンタムを引き続き構築する」とされているものの、議長国タイに配慮したものであろう。米国国務省が今般、2022年のAPECの成果を公表した文書※1では、アジア太平洋における貿易を自由、公正、開かれたものにすることが謳われ、さらに、米国の優先事項として、「貿易政策の選択において弾力性、持続可能性、包括性を中核的価値とする」と述べられているが、その中には肝心の「FTAAP」の文言は一切見当たらない。そのため2023年は議長国米国の下、作業計画の進捗報告などは淡々と行われるであろうが、実際に米国が交渉に向けて熱意を持って議論を前に進めることはないであろう。

Connect〜安全な通行に関する取組みが進展

APECでは、「安全な通行に関するタスクフォース」(SPTF)が、域内の国境を越えた旅行の円滑化に貢献するAPECの取組みを調整してきた。特に、新型コロナ禍による影響からの脱却には、ビジネス関係者および航空・船舶乗組員を含む労働力の移動は必要不可欠である。地域内で安全かつシームレスな国境を越えた旅行について、促進に向けた協力を更に進めること、将来の混乱に備え、強靱性促進のため、安全な通行に関する取組みが継続されることになった。

この関連で、予防接種証明書の相互運用性のための自主的原則の策定(技術仕様の自発的共有、安全な通行情報を共有するための情報ポータルの開発)や、APECビジネス・トラベル・カード(ABTC)については、メンバーの中小零細企業にとってより包摂的なものにすることを奨励し、効率的でシームレスな国境を越えた旅行を更に支援するバーチャルABTCのメンバーの導入と受け入れについて、閣僚会議で歓迎された。

また物理的、制度的及び人と人とのつながりを強化するとともに、デジタル連結性を活用し、質の高いインフラ整備と投資を通じて、地域、準地域および遠隔地の繋がりを促進すべく努力を強化する。

Balance〜BCG政策をAPECに普及・取り組み

タイ政府がAPECで最も注力したのが、バイオ・循環型・グリーン(BCG)政策のAPECでの採用である。首脳会議では、APECの持続可能性の目標を促進するための包括的な枠組みとして、BCG経済に関するバンコク目標を承認した。バンコク目標では、APECは持続可能性と包摂に関する包括的かつ野心的な目標を達成する方法の概要を示すとともに、現在進行中の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)などグローバルな行動を強化し、貢献することを狙っている。APECではBCG経済を通じて、地域の相互連結性、エネルギー移行、および持続可能で包摂的な成長に焦点を当て、この分野における域内協力の深化を希求している。

気候変動は「地球規模で人類が直面している最大の脅威」であるが、他にもパンデミック、環境の悪化、生活コストの上昇、食糧不安、自然災害の頻度と深刻化、不平等など、地域に影響を与え続けている課題がある。このような広範な課題に対する解決策は、個々および集団的な努力をどこに集中させるかについて、APECはメンバーに共通の理解を与える全体的な枠組みによって導かれるのが最善と主張。その解決策として、バイオ経済、循環型経済、グリーン経済という3つの政策アプローチを統合した「BCG経済」が指針となり得るとする※2

BCG経済は、3つの方法でガイダンスを提供している。第一に、開発のアプローチ方法の再考、第二に、資源の利活用方法の再考、第三に、APECの持続可能な未来を実現するため、なぜ包括的かつ積極的な参加が重要かを再認識させる、というものである。その上で、BCG経済が目指す持続可能な未来に移行するには、規制環境、技術・イノベーション、ステークホルダーの参加などをサポートすることが必要とする。

BCG経済ではどのような目標が今回、APECで設定されたのであろうか。実際に「BCG経済に関するバンコク目標」をみると、4つの目標、具体的には、a.資源効率と持続可能な廃棄物管理、b.貿易・投資、c. 生物多様性を含む環境と天然資源、d. 資源効率と持続可能な廃棄物管理-で主要分野を抜き出し、各々で一般的な取り組みの方向性を示しているに過ぎない(表1)。またAPECの場では、目標は参加メンバーの自発的な行動によって推進されることになる。そのため、残念ながら具体性や実効性に欠ける概念的なものに終始していると言わざるを得ない。

『表1 APEC2022「BCG経済に関するバンコク目標」の目標と主要分野』出所:助川 氏

プラユット政権はAPECの将来の成長モデルに持続可能な開発と環境目標を組み込む一環で、自らの肝煎り政策「BCG経済モデル」の導入に成功した。同首相は遅くとも2023年5月までに行われる総選挙で、APEC議長国としての実績を示すことで、選挙戦を自らに有利に運ぼうとする狙いがあった。ただし、総選挙で政権を手放すことになれば、国家戦略自体が見直され、BCG経済モデル関連政策は停滞、APECでも「BCG経済に関するバンコク目標」は前政権の遺物として忘れられることになろう。

※1. “U.S. APEC 2022 Outcomes“,19 November 2022, https://www.state.gov/u-s-apec-2022-outcomes/

※2. ”Charting New Pathways for APEC: A Sustainable Future Inspired by the Bio-Circular-Green (BCG) Economy”, APEC Policy Support Unit, Policy Brief No. 50, October 2022.

執筆:助川成也
泰日工業大学客員教授(国士舘大学教授)
1992年 中央大学経済学部国際経済学科 卒業、2019年 九州大学大学院経済学府経済学研究科経済システム専攻 博士修了。専門分野はASEAN経済、タイ経済、FTA/EPA、国際経済。
主な著書に『RCEPと東アジア』『サクッとわかるビジネス教養 東南アジア』など。
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TJRI編集部

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