大麻解禁はタイ社会の「レジリエンス」を問う

大麻解禁はタイ社会の「レジリエンス」を問う

公開日 2022.07.19

今月6~10日、バンコク郊外のインパクト・ムアントンタニ国際展示場で開催されたハーブ産業の展示会「タイランド・ハーバル・エキスポ 2022」を覗いてみた。そこではタイ語で「ガンチャー」と呼ばれる大麻(カンナビス、ヘンプ)製品の展示ブースが主役に躍り出ていた。会場面積の2~3割は大麻関連だったかもしれない。

食品、飲料、化粧品、健康関連などの分野のさまざまな専門ブティック企業が大麻絡みで出展していたが、再生可能エネルギー大手でありながら大麻ビジネスにも積極参入しているタイ上場企業のカンクン・エンジニアリング(GUNKUL)や国営製薬公社(GPO)の大型ブースもあった。

「タイランド・ハーバル・エキスポ 2022」GUNKULのブース
「タイランド・ハーバル・エキスポ 2022」GPOのブース

今号のFeatureではタイで大麻ビジネスに着手した日系ベンチャー企業サイアムレイワの社長インタビューを掲載したが、それと合わせ大麻自由化がタイの経済社会にどのような影響を与えるのか考察してみたい。

大麻解禁めぐる論争続く

「カンナビス合法化への反対派は、そのメリットに対して偏見のない広い心を持つ必要がある」
大麻自由化を推進してきたアヌティン副首相兼保健相は6日に行われた「タイランド・ハーバル・エキスポ 2022」の開幕式でこう訴えた(7日付バンコク・ポスト)。

同相はまた、「政府と保健省が(大麻自由化)を無責任に決断したと非難する人々はこの問題に対する正しい知識がなく、適切な理解ができていない」と反対派を批判。保健省、企業、農家、コミュニティー企業などは全員カンナビスの恩恵を認識しており、責任をもって利用しているとした上で「この展示会でも『カンナビスたばこ』を販売するブースは見当たらなかった。反対派はエキスポを訪れ、地域の知恵とカンナビスのメリットに心を開くように」と求めた。

前回6月21日号のTJRIニューズレターで大麻特集を組んで以後も、大麻自由化をめぐる論争、そして報道が続いている。タイの伝統療法、ハーブ類の研究で知られ、今回のエキスポにも出展していた東部プラチンブリ県のチャオプラヤ・アパイプーベート病院は不眠症治療にカンナビスを使い、全世界で2兆4000億バーツの睡眠薬市場でのシェア獲得を目指しているという。

一方で、大麻解禁への批判や警戒的な論調の方が多い。日本やインドネシアなどに続き、韓国とシンガポール政府もタイからの旅行者が大麻および大麻製品を持ち込まないようにと通知。ソムサック法相も大麻は多くの国で違法だと指摘した上で、海外では保有しないよう警告した。さらに、バンコクの著名観光地カオサン通りの商店街が「大麻ハブ」を目指したいと提案したものの、バンコク都庁はこれを却下した。下院予算委員会ではカンナビス合法化が観光産業に悪影響を与える可能性があるとの懸念が表明されたという。

さらに7月14日付バンコク・ポストによるとタイ医療評議会は6月9日以来、カンナビス摂取による急性疾患、幻覚症状、自傷・他傷行為などで病院の緊急治療室に搬送される消費者が増えているとして、カンナビスを食品やスナック類に成分として混合しないよう警告した。

消費者の不安は大きい

タイ政府は現在、大麻法案の策定作業を進めており、8月には下院を通過する見通しという。サイアムレイワの藤代浩司社長も指摘しているように、タイ政府は大麻自由化でも基本方針の決定後にその影響を見ながら細かい運用ルールを導入していくという手法のようだ。

バンコクビズニューズ(7月10日)は、大麻自由化について企業の意見を紹介しているが、まだ法律が成立していない段階の消費者、企業、投資家の混乱や不安を指摘する声が多いようだ。飲料大手イチタン・グループの幹部は大麻法の内容を注視しているとする一方で、その内容が明確になるまでの間も消費者ニーズを模索するなどビジネスに空白が生じることはないと大麻ビジネスに強気の姿勢を示している。

今回の大麻自由化に対し、タイの消費者はどう感じているのだろうか。タイ国立開発行政大学院(NIDA)は6月19日、世論調査の結果を発表、麻薬リストからの大麻除外に関する世論調査の結果を発表したが、「大いに賛成」が34.8%、害より恩恵が大きいなどとして「やや賛成」が23.7%で6割近くがおおむね賛成と回答した。「やや反対」は16.6%、「反対」は24.9%だった。また、「若年層が乱用すると思うか」との質問に対する回答は「強く思う」が42.4%、「思う」が29.6%とやはり若者の乱用への懸念が強いことが分かる。

『NIDAが実施した大麻自由化に関する世論調査結果』出所:nidapoll.nida.ac.th

一方、スアンドゥシット大学が6月26日に発表した世論調査結果では、約38%が「かなり不安」、約33%が「極めて不安」と回答、約7割が懸念していることが分かった。恩恵と悪影響どちらが大きいかとの質問では「より有害」が約53%、「恩恵と悪影響は同程度」が約30%、「恩恵がより大きい」は約17%だった。

リスクを上回る社会経済的メリットとは

サイアムレイワの藤代社長も指摘しているように一般市民の栽培が解禁された以上、陶酔作用の強いテトラヒドロカンナビノール(THC)の濃度が基準を超える大麻製品が出回るのは不可避だろう。それをタイの社会がどこまで許容し、当局が過度の行為に対する実効的な取り締まりができるかに今回の決断の成否はかかっている。なぜこれまで長年、世界的に大麻が原則禁止されてきたかを考えればデメリットやリスクが極めて高いことは容易に想像できる。それを上回る社会経済的メリットがどこまであるのか。医療用の有効性など専門情報は一般市民にはよく分からない。ただ今回のハーブエキスポで大麻製品ブースが一気に拡大したことや最近ではバンコクの街中でも大麻製品が販売され始めていることはいろいろな示唆を与えてくれる。

新型コロナウイルスがエンデミック化に向かうとされる中で、今回のエキスポは筆者の予想以上の来場者数と熱気があった。エキスポで展示されていた多彩なハーブ類はバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルを目指すタイの貴重な資産であることは間違いない。ただその中で特に大麻、カンナビスの価値がどれだけ高いのかはまだ分からない。ただ大きなリスクを抱えている大麻を許容するという決断は、タイ社会の「レジリエンス(弾力性、抵抗力)」を問う興味深い試金石となりそうだ。

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TJRI Editor-in-Chief

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社し、証券部配属。徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部などを経て、2005年から4年間シカゴ特派員。その後、デジタル農業誌Agrioを創刊、4年間編集長を務める。2018年3月から21年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。TJRIプロジェクトに賛同し、時事通信社退職後、再び渡タイし2022年5月にmediatorに加入。

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