[緊急寄稿:川島博之] ウクライナ危機による穀物価格高騰と食糧危機、その実相は?!

[緊急寄稿:川島博之] ウクライナ危機による穀物価格高騰と食糧危機、その実相は?!

2022.06.28 Feature

 

ウクライナ戦争と小麦価格

小麦価格が高騰している。その原因はロシアによるウクライナ侵攻だとしてよい。価格はウクライナ情勢が緊迫するとともに高騰し始めて、戦争が始まった2月24日に1ブッシェル(27.2kg)当たり9ドルを上回り、3月7日には14.3ドルを記録した。その後10ドル前後とやや落ちつきを取り戻しているが、この数年は5ドル程度で推移していたことから、戦争をきっかけ価格が上昇したことは明らかだ。

『世界の小麦輸出量の推移』 出所:FAOデータをもとに川島氏作成

国連食糧農業機関(FAO)によると、2020年の世界の小麦生産量は7.6億トン、その内ロシアの生産量は8590万トン、ウクライナが2490万トン、両国を合わせると世界の生産量の14%になる。同年の世界の小麦貿易量は2.0億トンで、ロシアの輸出量は3730万トン、ウクライナは1810万トン、その合計は全輸出量の28%を占めている。戦争によって両国からの輸出が途絶えるとすれば、小麦価格が高騰するのは当然だろう。

 

ロシアとウクライナ産の小麦の消費地は北アフリカと中近東

ロシアとウクライナでは小麦は今年も例年通り生産されている。これまでロシアとウクライナは黒海に面した港から小麦を輸出していた。しかし今回の戦争で黒海沿岸やそして黒海も戦場になってしまったことから、小麦を運び出すことができなくなってしまった。

エジプト、チュニジなど北アフリカ諸国や中東の国々は、これまで黒海を通じて運ばれてくるロシアやウクライナ産の小麦を買っていた。現在、それらの地域はロシアやウクライナ産の小麦を輸入することができなくなっている。

北アフリカや中東諸国は小麦を主食としており、その多くを輸入に頼っている。だからウクライナやロシアからの輸入が途絶え、かつ価格が上昇したことは、それらの国々の人々の生活に大きな影響を及ぼしている。

思い起こせば、米連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン元議長が作り出したバブルによって2006年から2008年にかけて小麦価格が高騰したが、それはチュニジア、エジプト、リビア、シリアの政情を不安定化させて、アラブの春をもたらした。シリアはその混乱が収まらないうちに、再び小麦価格の高騰に見舞われている。今のところ、北アフリカや中東の国々で政情が悪化したとのニュースには接していないが、今後、その動向には十分に注意を払う必要があろう。

 

日本とタイ

雨量が多い東南アジアは小麦の生産に適さない。東南アジア諸国は小麦を輸入に頼っている。また日本は小麦を生産できるものの小麦自給率は低い。ただ、今回の戦争で東南アジアや日本が小麦を輸入できなくなったわけではない。

日本は2020年に537万トンの小麦を輸入していた。内訳は米国から263万トン、カナダから194万トン、オーストラリアから80万トンである。ロシアやウクライナからは小麦を輸入していない。

また同年のタイの輸入量は310万トン、内訳は米国が70万トン、アルゼンチンが59万トン、ウクライナが57万トン、オーストラリアが31万トン、ロシアが30万トン、カナダが29万トン、ブルガリアが18万トン、ルーマニアが14万トンなどとなっている。

タイはウクライナとロシアから合計で87万トンを輸入しており、これは全輸入量の28%に相当する。ただタイの輸入先は分散されており、両国からの輸入が途絶えても、その他の国々からの輸入量を増やせば、問題なく必要量を確保することができると思われる。

 

それでもロシアとウクライナの小麦は輸出される

ウクライナとロシアで今年の初夏に収穫された冬小麦は倉庫に山積みになっていると思われる。その小麦が今後どうなるか現時点では不明だが、小麦は短期間に品質が劣化するものではないので、いずれは輸出されるものと思われる。

ウクライナは小麦を陸路でヨーロッパに運び出すことが可能である。そこから世界に輸出することができる。ロシアはバルト海から輸出できる。また「一帯一路」で作った鉄道を使って、中国に運び出すこともできる。

2020年に中国は815万トンの小麦を輸入していた。ロシアからの輸入量は71万トンに留まるが、戦争が長引いて戦費に困ったロシアが安い値段で小麦を中国に売ろうとすることは考えられる。そうなると中国は喜んで買うだろ。中国は小麦を主にフランス、カナダ、米国、オーストラリアから輸入しているが、それらからの輸入を減らしてロシアからの輸入量を増やす可能性がある。中国はロシアに武器を輸出して欧米から経済制裁を受けるようなことはしたくない。しかし政治的にはロシアを助けたい。そんな中国にとって、ロシアからの小麦の輸入は魅力的な選択肢になるだろう。

北朝鮮はこのところ毎年23万トン程度の小麦を輸入している、今年は旱魃に見舞われて食糧が不足する可能性が指摘されているが、そんな北朝鮮にロシアはシベリア鉄道を使って小麦を輸出するかもしれない。お金のない北朝鮮から代金を得ることは難しいと思うが、恩を売ることはできよう。

商売のルートは世界中を縦横無尽に張り巡らされている。そのためにロシアとウクライナで作られた小麦はいずれ海外に輸出される。そうであれば今回の戦争によって、世界で必要とされる小麦の絶対量が不足することはない。

 

金融緩和と穀物価格

米国シカゴ商品取引所で取引される小麦の価格は、世界で交易される小麦の価格に大きな影響を与えている。そんなシカゴに、戦争によってロシアやウクライナからの小麦輸出が途絶するかも知れないというニュースが入ると、取引価格が暴騰する。

実は小麦価格は2020年の春頃より上昇していた。これは新型コロナによって大きなダメージを受けた経済を回復させるために、米国やヨーロッパの中央銀行が金融を大幅に緩和した時期と一致している。その結果、ウクライナ情勢がそれほど緊迫していなかった今年の1月でも価格は7ドルを突破していた。そこに戦争勃発のニュースが流れたために、小麦価格が著しく高騰してしまった。
 

食糧安全保障

ウクライナ戦争に伴って小麦価格が高騰したことで、食糧安全保障に関する議論が活発になっている。同様のことは2006年から2008年にかけてトウモロコシを中心とした穀物価格が高騰した際にも生じた。その時の高騰も今回と同様に過度の金融緩和がもたらしたものであり、世界の穀物生産量が減少したわけではない。世界の穀物生産量は需要増加に沿う形で順調に増加している。そのために前回はリーマンショックによって世界の株価が急落すると穀物価格も下落した。

今回の高騰もしばらく時間が経過すれば落ち着くだろう。それはウクライナやロシアで収穫された小麦が倉庫で腐ることなく、先に述べたように各種のルートを通じて市場に出回ることも一因であるが、世界の小麦生産量が順調に増加しているためである。そのために絶対量が不足することはない。

そして現在、米国では過度の金融緩和がもたらしたインフレが問題になっている。バイデン政権は11月の中間選挙までにインフレを沈静化させるべく、FRBに急速な金融引き締めを行わせている。

その結果、世界の株式市場は調整局面を迎えているが、それに合わせて小麦価格もどこかの時点で急落する可能性がある。一帯一路を通じて大量の小麦が東に移動しているなどのニュースが入れば、それをきっかけに価格が大きく崩れる可能性もある。マーケットは生き物であり各種のニュースに鋭敏に反応する。

繰り返すが小麦の絶対量は足りている。そのために価格が急落すれば、前回と同様に食糧安全保障が人々の話題に上ることはなくなるだろう。

 

執筆:川島博之
ベトナム・ビングループ主席経済顧問、Martial Research & Management Co. Ltd., チーフ・エコノミック・アドバイザー。1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』など。

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