タイのESGの本気度は ~ 日本の環境対策経験を生かせるか ~

タイのESGの本気度は ~ 日本の環境対策経験を生かせるか ~

公開日 2022.08.30

世界的な気候変動問題への関心の高まりを背景に、タイの産業界でも国連の持続可能な開発目標(SDGs)、サステナビリティ―、カーボンニュートラル、そして企業のESG(環境・社会・ガバナンス)を重視する動きが広がっている。バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルもその延長にあるといえるだろう。

日本では1960~1970年代の高度経済成長期に大気汚染、水質汚染などの公害が社会問題化し、環境意識が徐々に高まっていった。人類の経済活動がもたらす環境負荷の問題は、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス排出による地球温暖化の進行により一気に世界的な課題となった。一方、企業サイドでは特に1990年代以後、企業の社会的責任(CSR)という言葉も生まれ、大手企業のCSR活動が徐々に定着していった。今、ブームのESGについて、従来のCSRとの違いなど含めを考察してみたい。

CSRからSDGsそしてESG

 「過去数年、タイ証券取引所(SET)の上場企業の間でデジタルトランスフォーメーションや新Sカーブ産業など新しい動きが見られる。さらに、最近の危機やディスラプション(創造的破壊)は、企業が持続可能な原則とESGを採用し、柔軟で機敏に取り組む必要性を示唆している」

SETのパコーン社長は8月24日に開催された「タイランド・フォーカス2022~新たな希望~」の開会あいさつで、企業のESG対応の重要性についてこう強調した。

ESGと従来のCSRとの違いは一体何なのか。CSRは当初、利益至上主義の結果、環境に大きな負荷をかけた企業の罪滅ぼしの慈善事業的な印象もあった。CSRに積極的に取り組んでいますとアピールすることで、企業イメージを漠然と改善させるものだったと思われる。これに対しESGは、投資家に対し持続可能性に貢献できる企業かどうかの判断材料を提示するという、より具体的な効果が期待されている。

世界の代表的なESG投資指標として知られているのは1999年に始まった「Dow Jones Sustainability Index(DJSI)」だ。タイ証券取引所(SET)によると、2021年にDJSI世界指数に選ばれているタイ企業は、Featureで紹介したサイアム・セメント・グループ(SCG)のほか、国営タイ石油会社(PTT)グループ3社、コンビニエンスストア「セブン-イレブン」を展開する上場会社CPオール、通信最大手アドバンスト・インフォ・サービス(AIS)などのそうそうたる大企業12社だ。

一方、SET自身も2015年から「Thailand Sustainability Investment(THSI)」指数の算出を始めている。SETのホームページはTHISについて、「現在、長期投資はサステナブル(持続可能)な企業に焦点を絞るようになっている。(銘柄)分析の際には財務パフォーマンスとESGの視点がより重要になっている」とした上で、「SETは持続可能な企業を、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)への責任とともに、リスク管理とサプライチェーン管理、イノベーションに取り組む企業として定義している」と説明している。

2022年7月時点でのTHIS採用銘柄数は100で、業種別構成比率ではエネルギー(27%)、銀行(13%)、商業(11%)、ICT(9%)、運輸(8%)などの順。個別銘柄で時価総額上位は、資源開発大手PTTエクスプロレーション・アンド・プロダクション(PTTEP)、PTT、AIS、電力会社ガルフ・エナジー・デベロップメント、国営タイ空港会社(AOT)などの順だ。ただ、株価指数パフォーマンスは2021年は17.27%高と、主要指標であるSET指数の17.67%高とほぼ変わらない。結局、タイの大企業が中心のTHISは市場全体のパフォーマンスとほぼ同じで、THISにどのような意義があるのか、分かりにくい。

タイの環境意識とは

2019年7月上旬、筆者はバンコク南東隣のサムットプラカン県で行われたタイ国トヨタ自動車とグループ会社の従業員がボランティアで参加するマングローブ植樹活動を取材する機会があった。いわゆる企業の社会的責任(CSR)活動だ。タイ湾沿岸にはマングローブ林は多く、他の企業でも植樹のCSR活動を行っている事例はあるようだが、タイにおけるトヨタ自動車グループの圧倒的な存在感を示すかのような参加者数に驚いた。トヨタ自動車のほか、デンソー、アイシン精器、豊田通商など、タイに拠点を持つトヨタグループ会社のトップを含む従業員とその家族ら約5000人に加え、この年から始めたプラスチックごみやガラス瓶、金属、ゴムやその他有害廃棄物の回収活動に地元環境団体のボランティアを含む約2000人が加わり、合計参加者数は約7000人と過去最多規模になった。

タイ中部の河口のマングローブ林に堆積したゴミ = 2019年7月、サムットプラカン

このCSR活動はタイ中部の河口に残されたマングローブ林とその「エコシステム」を保全するのが目的で、この年が15年目だった。ただ、実際にこの森林を見て最も驚いたのはごみの量のすごさだ。多分、上流から流れてくる生活ごみが河口のマングローブ林に堆積するようになったのだろう。植樹よりごみの回収の方がそもそも先だろうと思った。トヨタグループのCSR活動は15年目を迎えてようやくタイの廃棄物問題の深刻さに気づいた印象だ。

日本の公害対策から学べるもの

中所得国の罠からの脱却に苦闘しながらも先進国入りを目指すタイ。一年中温暖な気候、豊かな農産物・食品、都市部の急発展で日本人にも住みやすい国とされるが、やはり日本との違い、バンコクと東京の違いは歴然だ。経済成長の速度は明らかにタイが上回っているが、生活インフラなどではやはり、タイはまだいわゆる先進国ではないことを知らされる。

例えば廃棄物回収では、最近こそバンコク市内でごくたまに分別ごみ回収ボックスを見るようにはなっているものの、分別回収はまだほとんど普及していない。タイ大手企業がいくらESGを強調しても、市民の意識はほとんど変わっていないと感じる。主に低所得者層が住んでいると思われる地域の小さな運河を見ると濁った川面を多くの生活ごみが浮遊、悪臭を放っている。これらのごみがサムットプラカン県のマングローブ林などにたどりつくのだろうと思う。

今から50年以上前、東京に住んでいた子供のころ、今や大人気の花見スポットになっている目黒川が真っ黒でごみが大量に浮いていたことを今でも鮮明に覚えている。その後、日本では公害対策が進み、ごみ分別活動も当初は試行錯誤したものの、今や完全に定着している。日本の清潔さは世界でも屈指とされる。一方、バンコクのストリートの屋台の熱気や市民のエネルギッシュさは今の日本にはない魅力だ。そうした魅力を生かしながら、貧富の格差を縮め、公共交通機関を充実させて渋滞を少しでも解消、環境を浄化してより住みやすいバンコクにしていく取り組みに期待したい。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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