[Feature] EV時代の到来とタイの自動車産業の未来図 〜 中国、インドネシアとの競争に勝てるか 〜 後編

[Feature] EV時代の到来とタイの自動車産業の未来図 〜 中国、インドネシアとの競争に勝てるか 〜 後編

2022.06.10 Feature

前編では、「トヨタは方針大転換」と「本格化するタイのEV普及促進計画」に触れてきたが、後編ではKKPリサーチのリポートをもとにタイのEV時代の自動車産業の未来について考察していく。

 

タイはEVの生産ハブにはなれない?!

キアトナキン銀行(KKP)傘下のKKPリサーチは4月25日、「世界の自動車産業がEVに移行する中でタイはなぜ競合国に比べ不利になるのかと」というタイトルのリポート(*)を発表し、タイの経済界に大きなショックを与えた。同リポートはタイの自動車業界はEVの時代には、タイは日本企業の生産拠点になっているだけでは、中国やインドネシアとの競争に勝てないと警鐘を鳴らす。

日本に依存してきたタイの自動車産業

同リポートはまず、タイの基幹産業である自動車・同部品産業は「主に日本からの直接投資・生産拠点移転に頼って成長を続けた」と指摘し、タイの自動車産業は自力で成長したのではないことを改めて説明。「今、タイは他人に助けられた昔ほど幸運とは言えない。特にEVへのシフトと先端技術の導入を考えれば、減税だけではもはや産業の発展に効果的ではない。タイは依然、日本のイノベーションに依存している」とし、これらの要因から「タイは従来の内燃機関車の生産拠点のように、EVの生産拠点になることはできないかもしれない」との懸念を表明する。

 

その上で、リチウムイオン電池の生産能力の問題からの今後5年間で内燃機関車がすべてEVに置き換わることはなく、EVの世界生産量の伸び率は2019~21年の平均70%増から30%増に低下するものの、それでも最も大きな伸びとなると強調。2025年の世界の乗用車市場でのEVのシェアは16.9%になると予想されるが、タイでのシェアはたった4.5%にとどまると見込みだという。

なぜタイは競合国と比べて不利なのか

そしてタイの自動車市場の現在の状況は、1970年代に自動車生産拠点としての地位をタイに奪われたオーストラリアの状況と似ていると指摘。タイがEVで競合国に比べ不利になりそうな状況として、

①日系自動車業界はEVへの取り組みが遅く、EV生産計画は中国や欧米の自動車メーカーに比べ大幅に少ない。日本の生産拠点であるタイにとっては不利 ②輸出販売台数では中国・インドネシアがタイを上回ろうとしているなど競争が激化。世界市場におけるタイの輸出シェアは1.7%から1.3%に低下する一方、中国のシェアは0.7%から1.5%に上昇 ③タイの主な輸出先は右ハンドルの国々で、世界的には少数派(全世界の6分の1)とスケールメリットが出ない。高齢化で生産量はさらに減少し、コスト面で不利 ④中国との自由貿易協定(FTA)で、EVを無関税で輸入できるようになったため、EVの輸入量が生産量を上回る可能性がある。中国の方が生産性が高く、コストが安い。タイとFTAを始めた豪州の状況と似ている ⑤賃上げやバーツ高でタイの競争力が低下、と五つの悪条件を挙げた。

『自動車の世界市場におけるタイと中国の輸出シェア』出所:KKP Research

特に競合国との比較では「タイはEVの付加価値の3割以上を占めるリチウム電池の主たる生産拠点ではない上に、中国のような先端技術を持っていない。一方、インドネシアは(バッテリー原料の)ニッケルの世界生産シェア30%を占めている。賃金はタイより安く、市場はより大きく、多くの製造業者がインドネシアに投資し始めている。タイは今後さらに、自動車の市場シェアを中国やインドネシアに奪われていく可能性がある」との厳しい見通しを示している。

さらに世界でEV化が進む中で、タイでは自動車の「組み立て業者」だけでなく「部品製造業者」を含めたすべてのサプライチェーンが影響を受け、従来の内燃機関車のバリューの32.5%を占めているエンジン、燃料噴射装置などの部品が消えていくと警告している。

EVの付加価値の大半は電池のため、タイがEVに切り替えて従来と同じ台数の自動車生産と輸出を行った場合、タイの自動車産業の付加価値は53%から34%に減少。タイの自動車輸出は減り、70万~80万人の労働者が失業の危機に陥る。タイが国内消費、輸出のための自動車生産国から輸入国に転落した場合には、タイは貿易赤字国になるとまで悲観的シナリオを提示する。

EV市場で戦うためにタイに必要なマインドセットとは

以上のような分析を踏まえKKPリサーチは次のような三つの提言をしている。

1)自動車業界は、海外直接投資(FDI)に頼ってはいけない。将来、製造工程で労働力は必要なくなるため、工場建設に伴う付加価値はタイ人よりも外国人にもたらされることになる。
2)サプライチェーンは大きく変わっていく。タイは長期的戦略を立て、EV生産に注力すべきかどうか検討する必要がある。
3)EVの付加価値はエレクトロニクス関連部品にあり、先端技術の開発が最も必要になる。このため長期的には教育の質を高め、投資と研究開発の促進、汚職を減らす仕組み作りを行っていかなければいけない。しかし残念ながらこれらは現時点では実現できていない。

 

自動車産業でもタイの真の強みの再確認を

在タイの日系自動車関連業界も世界的なEVへの急傾斜は十分に把握しているはずだが、特にKKPリサーチの最新リポートほどの強い危機感はないかもしれない。タイは充電装置などのインフラ整備の遅れだけでなく、そもそもタイは電力源を石炭など化石燃料に大きく依存しているため、「EV化が果たして地球温暖化対策に本当に役立つのか」との疑問も残っていることも背景だ。

タイの自動車産業も中国勢の台頭とともに、EV市場の着実な拡大に備えなければならないのは言うまでもない。ただ、他の産業界の一部でも見られるが、欧米の最新トレンドを盲目的に受け入れる姿勢で良いのだろうか。再生可能エネルギーの普及が進み自動車の駆動手段で電動化に一気呵成に向かう欧州と、トウモロコシ原料のエタノールなどのバイオ燃料を活用し続ける方針の米国とは明らかに違う。

KKPリサーチの提言では、サプライチェーンの急激な変化を背景にタイはEV生産に注力すべきかどうか含め、長期戦略を見直す必要があるとの冷静な視点も示している。タイは過去2年ほど、主要国家戦略を、「バイオ・循環型・グリーン(BCG)」経済モデルに絞りつつあり、タイが真に強みを持つ分野を再確認している。タイは内燃機関の燃料にできる安価な植物資源を豊富に持っており、それを生かした独自の持続可能な社会も築くことができるのではないだろうか。

<参考>
*KKPリサーチの4月25日付の記事(タイ語)はこちら
*KKPリサーチの4月25日付のリポート全編(タイ語)はこちら

RELATED NEWS

関連記事