ベトナム現地取材リポート(3)不動産市場の混乱と汚職問題の本質

ベトナム現地取材リポート(3)不動産市場の混乱と汚職問題の本質

公開日 2023.02.14

前回まで東南アジアにおけるベトナムのポジション、現在地を考察する上での基礎的条件などについて概観してきた。そこではタイとの比較を含め、少なくとも消去法として、製造業の拠点としてのベトナムの魅力、優位性はまだまだあると感じた。しかし、そうした中で特に昨年後半から、特に不動産価格の急落とそれに伴う産業界の混乱、そしてベトナム政治の混迷が伝えられるようになり、日本企業の間でも不安の声が広がっている。政治混乱の本質が何なのかは今一つ分からず、もう少し、冷静に見守るしかない。

不動産市場の混乱の本質

「不動産を軸にするといろいろ見えやすい。不動産価格の下落は当局が許認可を下ろさないということが問題の出発点だ。需要面には問題なく、サプライサイド(供給面)に問題があるということ」-と指摘するのはある邦銀ハノイ支店の幹部だ。

ベトナムの不動産業界では昨年春以後、さまざまな混乱が起きている。まず2022年3月29日に不動産開発事業などを展開する大手複合企業FLCグループの創業者のクエット会長(当時)が自社株買い取引に絡んだ相場操縦で逮捕されたのに続き、同年4月5日には不動産大手タンホアンミン・グループのズン会長が社債発行に関する虚偽情報の提供で逮捕された。この二つの事件では経営トップだけでなく、同族の経営幹部多数が同時に逮捕されている。さらに同年10月8日にはやはり不動産大手のバンティンファット・グループのラン創業者兼会長も社債発行に伴う不正行為で逮捕されている。この事件では同社との関係が取りざたされたサイゴン商業銀行で預金者の引き出しが殺到する混乱も発生した。

こうした不動産業界の騒動から社債市場への信頼が低下し、期限前償還も急増、企業の資金調達が困難になった。さらに混乱は株式市場にも波及、ベトナム株価指数(VN指数)は2022年4月の高値1524から同年11月の安値911まで約40%も急落した。不動産市場では資金難に陥った投資家の値引き販売が相次ぎ、特に同年第4四半期から低迷が顕著になったようだ。先の邦銀ハノイ支店幹部は、「ベトナムの不動産市況は昨年夏ごろまで例えばマンションの平均単価で20~30%上昇するなどバブル的な要素もあった。一方で、共産党政府は国民生活重視で物価上昇の抑制を最も重視しているため、不動産価格の高騰を見過ごすことができなかった」と、不動産大手幹部の相次ぐ摘発の背景を説明する。そしてこうしたベトナム政府の不動産取引に対する厳しい姿勢には共産党の本来的な特性だけでなく、「ミスタークリーン」とも呼ばれ不正行為に厳しく、共産党の理論に忠実とされるグエン・フー・チョン書記長の個人的要因も大きく影響していると見られている。

「国家の利益を損ねた罪」と政治の混乱

今回の現地取材でほぼ一様に聞いたのは、「ベトナムには国家の利益を損ねた罪というのがあり、過去に遡及して罪を問われる。今、政府の役人は皆、この認可書類に署名したのは誰かと後から追及されるのを恐れて各種の許認可をなかなか下ろさなくなっている」といった話だ。さらに、中央・地方政府や共産党の幹部の幹部が相次いで更迭され、さまざまな決定が下せない状況にもなっているようだ。不動産開発案件もその対象で、前出の邦銀幹部の「サプライサイドの問題だ」という発言につながる。結局、昨年春以来、不動産大手幹部の相次ぐ逮捕、そして政府の新型コロナウイルス流行対策での不正発覚による政府高官の更迭、政治体制の刷新が続く中で不動産業を中心に経済活動が一時的に委縮している。例えば「日本企業が医療機器の輸入ライセンスを保健省に申請しても誰もサインしてくれない」との声も聞かれ、日本企業もベトナム企業も皆困っている状況のようだ。

ちなみにベトナムの政治体制は共産党の一党独裁で、書記長、国家主席、首相、国会議長の4トップの集団指導体制をとっている。しかし、1月31日号でも紹介したように、フック国家主席が1月に異例の途中退任を余儀なくされ、副首相2人も解任される中で、ナンバーワンであるチョン書記長への権力集中がさまざまな思惑を誘っている。ハノイのある事情通は、「ベトナム経済を拡大させたとして人気があったグエン・タン・ズン元首相が清濁併せ呑むタイプで、チョン書記長はこのズン氏のチームを片っ端からやっつけているように見える」と指摘。これは一見、政敵を次々排除し、自らの権力基盤を固めるためではとも思われがちだが、一方で、チョン書記長が現在78歳と高齢で、既に異例の3期目に入っている中で、自らの権力維持というよりは、自らの在任中に経済発展を優先した欧米寄りの政府の路線を軌道修正して、中国の意向にも配慮したバランス政策を重視しているためだとの見方も浮上している。

公務員の低給与と「プール制」の賄賂

不動産大手経営トップの相次ぐ逮捕、そして中央・地方政府幹部の粛清などの混乱の背景には、共産党一党独裁というベトナム固有の問題だけではなく、ベトナムを含む東南アジア社会の賄賂、汚職、そしてネポティズム(縁故主義)という構造問題も浮かびあがってくる。先進国入りを目指す先頭ランナーであるはずのタイですら、賄賂はごく普通の日常の光景だ。

世界の汚職や腐敗を監視するNGO「トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)」(本部ベルリン)が1月31日に発表した世界180の国と地域の公共部門の清潔度を評価した2022年版「汚職番付」によると、ベトナムの総合順位は77位で、タイの101位を上回り、東南アジアではシンガポール(5位)、マレーシア(61位)に次ぐ3位だ。ちなみに他の東南アジア諸国の総合順位はインドネシアが110位、フィリピン116位、ラオス126位、カンボジア150位、ミャンマー157位の順だ。このほか、日本は18位、中国は65位、インドは85位だ。

1月31日付TJRIニュースレターの川島博之氏の論考にもあるように、新型コロナウイルス流行に伴うPCR検査キットと臨時帰国便絡みの汚職事件では、個人というより、保健省や外務省など組織ぐるみの犯罪ということが明らかになった。ある現地の事情通は、「もともとベトナム戦争が終わった時に勝者に何も報いがなかった。今はお金がないので、公務員の仕事をあげようとなった。だから、ベトナムの官僚制度では試験はなく、コネによる選考だ」と指摘。そして公務員の低給与もあり、「通常、賄賂は個人で受け取るが、ベトナムでは組織で受け取り、プールして分配するプール制になっている。保健省などもプールしたお金を下まで還元したのだろう。いわばセカンドサラリーだ」という。

それでも「コロナで国民が塗炭の苦しみを味わっている時に、私腹を肥やしている怪しからん官僚がいるということで、チョン書記長は共産党の信頼を取り戻すために摘発した。いわば水戸黄門で、広い国民層からは拍手喝采だ。しかし、それで果たして信頼を取り戻せるか」と疑問を投げかける。その上で、「ベトナムは昔は貧しさを分かち合う社会主義だったが、それがビジネスモデル化し、今は豊かさを分かち合う社会主義になった結果が汚職だ。政治の恩恵を預かっていない人からすると、それはやはり汚職だ」との見方を示している。

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TJRI Editor-in-Chief

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社し、証券部配属。徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部などを経て、2005年から4年間シカゴ特派員。その後、デジタル農業誌Agrioを創刊、4年間編集長を務める。2018年3月から21年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。TJRIプロジェクトに賛同し、時事通信社退職後、再び渡タイし2022年5月にmediatorに加入。

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