ベトナム現地取材リポート(1)ASEANで最も期待される国

ベトナム現地取材リポート(1)ASEANで最も期待される国

公開日 2023.01.31

ベトナム政治経済の混乱を伝えるニュースが続いている。それは今号の川島博之氏の論考でも紹介されているが、新型コロナウイルス流行絡みで不正疑惑が多数発覚し、その監督責任を問われ1月17日にグエン・スアン・フック国家主席が任期途中で辞任。この不正疑惑では昨年6月に前保健相が、同12月にはブー・ホン・ナム前駐日大使が逮捕されたのに続き、今月初めには2人の前副首相が解任された。一方、昨年来、不動産大手のトップが相次いで逮捕され、また不動産価格の急落による経済の混乱が伝えられている。

こうした中、昨年12月後半、ベトナム・ハノイを初めて取材旅行した。在タイ日系企業、特に製造業の取材をすると常に比較対象となるのがベトナムだ。そんな思いから昨年9月6日号の当コラムで、初めてベトナムについて書いたが、当然、バンコクで収集した皮膚感覚のない情報のまとめ記事でしかなかった。今回は、タイのライバルとされるベトナムでの初めての現地取材に基づき、ベトナム経済の現状と課題を不定期連載で紹介していきたい。第1回はベトナムの基礎情報を交えながら、日本企業の進出動向などをめぐる現地の声を拾った。

製造業進出は一巡、内需企業には期待

PM2.5でかすむ旧市街の観光スポット、ホアンキエム湖

ハノイ・ノイバイ国際空港に降り立って最初に感じたのはバンコクよりもひどいとさえ思う濃厚なスモッグ、つまりPM2.5だった。そしてハノイ市内を、徒歩などで駆け回る中で、バンコクにはない日本社会と似た「同調」的な空気感があるのかなと感じた。ベトナムは越(キン)族が9割とほぼ単一民族国家であるからかもしれないと思った。主な宗教もタイなどの小乗仏教ではなく、日本などと同じ大乗仏教だ。そして、ベトナム人はまじめで手先が器用という話は昔からよく聞いていたが、今回の現地取材でもある程度確認できた。日本人に似て製造業に向いているのかもしれないと改めて思う。一方、タイ人はモノづくりの現場はそれほど好きではなく、経営やマーケティングの方が得意だとも言われる。

東南アジアの製造業の拠点が、これからタイから徐々にベトナムにシフトしていくのかがタイにとって、そして在タイ日本企業にとって最大の関心事の1つでもあり、新型コロナを経て、最近のベトナムへの企業進出状況はどうなのかを確認することが今回の取材旅行の1つの目的だった。結論的に言えば、米中経済摩擦に伴うベトナムへの外資系企業の進出は一般に言われるほどではないものの、タイ含めた東南アジアの他の国と比較した場合には、「消去法でベトナムになる」というのは多くの現地日系企業の見方だった。

ある大手邦銀のハノイ支店幹部は、「(2022年)4月の新型コロナ規制の緩和後、進出の相談は増えている。国民の所得向上につれて(ベトナムの)内需に魅力を感じて、飲食含むサービス業や物流などさまざまな業種が出てきている」という。一方で、別の邦銀幹部は、「製造業、特に日系企業の新規進出は最近ほとんどない。コロナの規制緩和後にベトナム進出を検討しようとなった時に円安になってしまい、フィージビリティースタディー(FS)をやり直さなければならなくなったためだ」という。同幹部は「米中経済摩擦の関係で日系企業の中国からの移転が進んでいるという報道はあるが、実際は2018年ごろに中国広東省・東莞にあった日系大手のプリンター工場が移転してきたこととくらいでブームと言うほどではなかった」と付け加える。結局、現在は日系大手メーカーのベトナム進出はいったん一巡しており、内需の拡大を見込んだ規模の小さいサービス産業の進出意向が根強いようだ。

海外展開で有望な国の世界ランクで4位

国際協力銀行(JBIC)が12月16日に発表した日本の製造業企業の海外事業展開の動向に関するアンケート調査結果(有効回答数531社)によると、中期的(今後3年程度)に有望な国・地域のランキングでは、1位インド、2位中国、3位米国で、ベトナムは前年に続き東南アジア諸国連合(ASEAN)トップの4位にランクインした。ちなみにタイは5位で、6位以下はインドネシア、マレーシア、フィリピン、メキシコ、台湾と続き、トップ10のうち半分は東南アジアだ。ベトナムとタイは1位違いでしかないが、得票率をみるとベトナムの29%に対し、タイは23%とかなり差を付けられている。

同調査の国別報告では、ベトナムについて、タイ、インドネシアと比較すると「安価な労働力」が有望理由として票を集めているものの、「労働コストの上昇」を課題として挙げる企業が増加しているという。一方、タイについては、「市場の成長性」がトップで、「産業集積がある」が常に有望理由の上位に上がっているという。また、課題面では「労働コストの上昇が高止まりする一方で、『管理職の人材確保が困難』を挙げる企業が減少しており、現地の労働市場が大きく変化している可能性がある」との分析が極めて興味深い。

ベトナム経済の基本構造

ここで改めてベトナムの日本貿易振興機構(ジェトロ)ハノイ事務所などの資料に基づきベトナムの基礎情報をごく簡単に紹介しておく。人口は2021年時点で9851万人で、今年にも1億人を超えると予想されている。しかし、出生率は既に2.21まで低下しており、「社会主義国としてあった産児制限は事実上廃止されたものの、都市部の晩婚化による少子化で、今後10年で人口ボーナス期は終え、ピークアウトは早い」(日系大手商社ベトナム法人)と予想されている。生産年齢人口も長期的には減少が予想されている。民族は9割がキン族だが53の少数民族がいる。

在留邦人数は2万2185人(ハノイ市8624人、ホーチミン市1万0768人)だ。日系企業数は3つの在越日本商工会議所合計で2022年5月時点では1973社だったが、「2022年11月に2000社を超えた」(ジェトロ・ハノイ事務所)という。2019年をピークに減少が続くバンコク日本人商工会議所(JCC)の1651社を上回っている。

そして、国際通貨基金(IMF)の2021年のデータによると、ベトナムの1人当たり国内総生産(GDP)は2021年時点で3743ドルに達した。またモータリゼーションなど消費市場が急拡大する1日当たりGDPの3000ドル超えは2018年に達成している。三井住友銀行の調べでは、地域別の1人当たりGDP(2018年時点)はホーチミンが6784ドル、ハノイが5269ドル(2018年時点)となっており、タイ同様、都市部と農村部の格差は拡大傾向のようだ。

GDP伸び率はコロナ前まで5~7%の水準を保ってきたが、コロナ期には2%台まで落ち込んだ。しかし、2022年は6%台を回復する見込みだ。この背景にはベトナム政府がいち早く昨年3月には隔離措置なしの入国を認める「ウィズコロナ政策」に切り替えたこともあったと思われる。新型コロナの水際措置などの規制緩和では日本の10月、タイの5月よりも早かったことについては在越日系企業の間でも評価する声が聞かれ、さらに、「ベトナムはタイやインドネシアと比べてもコロナの影響は少なく済んだ。中長期的にみても、内需拡大により安定的な成長が期待される」(三菱総合研究所・緒方亮介ハノイ駐在員事務所長)との見方が多い。

>>ベトナム現地取材リポート(2)新たな成長ステージへ

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TJRI Editor-in-Chief

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社し、証券部配属。徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部などを経て、2005年から4年間シカゴ特派員。その後、デジタル農業誌Agrioを創刊、4年間編集長を務める。2018年3月から21年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。TJRIプロジェクトに賛同し、時事通信社退職後、再び渡タイし2022年5月にmediatorに加入。

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