マスメディアの衰弱とソーシャルメディアの浸透

マスメディアの衰弱とソーシャルメディアの浸透

公開日 2023.10.17

通信社という「オールドメディア」の一角で、長年記者をやってきて、自分自身のメディアとの関わり方が過去数年で急速に変わってきたことにやや驚いている。新人記者のころは特注の原稿用紙に手書きで記事を書いていたが、間もなくワードプロセッサー利用に変わり、すぐにパソコンでの「ワード」入力となった。通信技術の発達で原稿の送稿方法も急速に進化。そしてインターネットの登場、一般化に伴う新たな情報サイトの急増で情報ソースもどんどん多様化していった。それでもこれら情報収集、原稿執筆、送稿、記事配信という各分野での技術革新で筆者が知っていたのは新聞、雑誌、テレビ・ラジオという、いわゆる「オールドメディア」内で起こっていただけかもしれない。

インターネットの普遍化により、一般市民への情報発信は既存のマスメディアだけの特権ではなくなった。新たな情報サイト、各種ソーシャルメディア、SNSを通じて個人の情報発信が容易になり、百花繚乱となった。そうした中で、映像の世界では少なくとも日本では電波の割り当てなど既得権益が最も強くわが世の春を謳歌してきたテレビが特にニュース分野でその影響力を弱める一方、誰もが簡単に配信ができるユーチューブなど動画サイトがその内容の専門性、信頼性、そしてタブーのなさを含めオールドメディアを脅かしつつある。

EVがもたらす激変をユーチューブで知る

昨年5月にバンコクで新たに入居したコンドミニアムの据え付けテレビが、「Android TV」、いわゆる「スマートテレビ」だった。これによって日々の生活、情報収集方法が大きく変わっていった。電源を入れると、すぐにネットフリックスなどの各種の有料動画アプリケーションも選択できるが、無料のユーチューブばかりを見るようになった。以前からパソコンでユーチューブを見ることもあったが、パソコンで仕事をしながらの延長でしかなかったので、視聴頻度は限定的だった。しかし、大画面のテレビで簡単にユーチューブが見られ、かつ、さまざまなユーチューバーの新着動画が、自分の関心のあるテーマでどんどん送り込まれてくることで、こんな番組、こんなテーマをカバーしている動画もあったのかと日々、新鮮に感じた。

そして、このTJRIニュースレターでも頻繁に取り上げるようになった電気自動車(EV)、そして中国不動産バブルの崩壊などでも、日本の大手マスメディアがほとんど伝えることができていない事実やストーリーを含め大量に情報発信されていることも知った。もちろん、「日本礼賛もの」「中国叩きもの」などかなり偏向がある番組も多いが、受け止める側がそれぞれの分野での経験、知識があれば、こうした偏向を割り引いて、知らなかった事実だけを確認すればよい。

そうした中で、TJRIニュースレターの9月19日号のコラムで紹介した「ものづくり太郎」氏のユーチューブ動画も発見し、製造業の最前線の情報と専門知識を踏まえたタイの製造業に対する的確な問題意識に驚いた。また、10月10日付のNEWS PICK UPでは、銃乱射事件関連でタイの銃保有率や銃規制の記事を紹介したが、この問題についてより詳しく、バンコク市内の銃砲店の多いエリアの現場周辺を訪問、解説する日本人ユーチューバーの番組を後から見つけた。

ソーシャルメディア初心者として改めて既存のマスメディアの情報発信力の相対的な低下を実感している。昔はテレビ局が取材する時には記者のほか、高価な大型ビデオカメラを担ぐカメラマン、音声担当も含め数人のクルーが必要だったが、今や、スマートフォンでも十分、テレビでの視聴に耐える高画質の動画が撮れるようになり、誰でも動画番組を作れることになった。

オールドメディアの矜持と衰弱

タイ英字紙バンコク・ポストのウォラチャイ副会長は今号のインタビュー記事で、「進化するテクノロジーがわれわれに大きな影響を与えているが、メディアとしての役割は変わらない。インターネットはニュースをより速く伝えるための道具だと考えている」と語っている。まさしくその通りだが、既存のマスメディアしか、一般社会に情報発信できなかった時代は明らかに終わった。今さらではあるが、すべての市民が1つのメディアとしての情報発信も可能になり、その内容の信ぴょう性、中立性を受け手側の一般市民が自分で判断する時代になっている。

同副会長は、「われわれは編集部が慎重に選別したニュースのみを掲載し、噂やフェイクニュースを掲載しないという点で、他のオンラインメディアとは異なる」とも語っている。これもオールドメディアにいた人間としては当然の認識だ。ただ、ユーチューブも含めオンラインメディアは、伝える事実が間違っていたり、偏向していたりすれば、すぐに視聴者、番組登録者を失い、収入の減少につながることが分かっている。また、視聴数や登録数を稼ぐための過剰で、誇大な表現を使うことも多いが、これは一部オールドメディアでもいえることだ。オールドメディアは、そこそこの企業規模があり、長年の信頼感があったため、仮にそのコンテンツが少しずつ劣化しつつあるとしても、読者、視聴者からの反応がすぐに業績に打撃を与えるわけではない。

特に日本などでのオールドメディアの衰弱の原因の一つは、取材対象となる政府や大手企業との癒着、あるいは既得権益者の仲間入りしてしまったこともあるだろう。これは日本での最近のさまざまな事件、スキャンダルでも明確にさらけ出されている。また、日本では昔から記者クラブ制度の弊害が指摘されてきたが、特に新興メディアに対する排他性は今でも残っているのだろう。ただ、記者クラブ制度は、少なくともインターネットや電子メールが発達していなかった時代には企業などの発表者側からすれば、各メディアに個別にプレスリリースを送らなくても記者クラブに来れば、大手メディアに一斉に伝えることができるという利便性もあった。

メディアとジャーナリズムの未来

かつて既存の「オールドメディア」に対して、「ニューメディア」という言葉もあったが、最近はほとんど聞かれなくなった。それはインターネットが社会に完全に定着し、ネットメディアすら、もう「ニュー」なメディアではなくなったからか。一方で、「オールドメディア」という言葉は今でも、よりシニカルな意味で使われ続けている。それは成熟化した社会の中で大手マスメディアが衰退産業となったことを象徴している。筆者が若いころには大手マスメディアの中でも個々の記者のジャーナリズム精神に対して、会社もそれを何とか支援する姿もあった。しかし、今やそれは「文芸春秋」しかなくなったのかもしれないとも思ってしまう。もともと個であるべきジャーナリズム精神の発現の場がユーチューブなどのソーシャルメディアに変わりつつある印象だ。

筆者はマスメディアの中では一番地味な通信社という業種にいた。そこでは事実報道が中心で、余計な個人的価値観を押し付ける場はなかった。これから日本、欧米先進国、そして中国すら経済的にはピークアウトしていく一方で、東南アジア、インドなど南アジアが経済的に台頭していくとすれば、その中で、メディアとジャーナリズムがどのような役割を果たしていくのか。もちろん、オールドメディアが伝えなければならないニュースは毎日、大量にあり、その対応だけで精いっぱいだというのは個人的経験からも良く分かる。ただ、ビジネス上の理由もあり既得権益の中に取り込まれてしまったオールドメディアではなく、草の根的なソーシャルメディアがこれからどこまで主導権を握っていけるのかを見守っていきたい。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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