2輪の電動化とタイの交通マナー ~中国4輪メーカーはなぜタイに押し寄せるのか~

2輪の電動化とタイの交通マナー ~中国4輪メーカーはなぜタイに押し寄せるのか~

公開日 2024.03.11

TJRIニュースレターではこのコラム、そしてWEEKLY NEWS PICKUPなどで頻繁に電気自動車(EV)を中心に4輪車に関するニュースや解説記事を配信してきた。しかし、2輪車、バイクについてはこれまでほとんど取り上げてこなかった。それは筆者自身がバイクに対する関心が薄かったこともあり、タイに来てからはバイクの無法運転ぶりに拒否感が強かったこともある。しかし、今週配信したタイ・ホンダの木村滋利社長インタビューでタイ社会におけるバイクの重要性を改めて確認するとともに、タイのモビリティーが将来どうなっていくのかも考えさせられた。

今回のコラムでは3月4日に開催されたバンコク日本人商工会議所(JCC)の自動車部会での4輪、2輪市場の動向報告などを紹介した上で、タイの「クルマ社会」の価値観についても考えてみたい。

NETA「赤字なので稼ぎたくてタイに来た」

「中国の自動車市場は過去2年間、非常に厳しい内向きの競争を続け、価格も下落傾向が続いてきた。中国国内で稼ぎたいが、とても難しい。利益が出ているのはテスラや、比亜迪(BYD)、理想汽車ぐらいで、当社を含め他社はほとんど赤字だ。稼ぎたければどこに行けば良いか。タイだ」

日本貿易振興機構(ジェトロ)上海事務所が3月7日にハイブリッド方式で開催した「中国新エネルギー車市場動向セミナー」でこう語ったのは、「NETA(哪吒)」ブランドのEVを製造する中国の合衆新能源汽車の調達担当総経理の方暁鯤氏だ。日本企業の幹部でこのように本音を直截に語る人は極めて少ないだろう。同氏はさらに、2023年8月にタイでも発売した小型SUV「AYA(タイではV)」の中国での販売価格は6万5000元だが、タイでは10~11万元(50万~55万バーツ)と大幅な高値で販売できるとし、それでも日本車と比べて安いと胸を張る。ちなみにこのジェトロ上海事務所が開催したセミナーはタイではなかなか知りえない中国EV市場の最前線の話を聞くことができたので、改めて紹介できればと思う。

JCC自動車部会報告

3月4日に行われたバンコク日本人商工会議所(JCC)自動車部会の総会ではまず4輪分科会副会長代理の堤雅夫氏が、2023年の4輪の販売台数は8%減の78万台となり、特に同年12月は前年同月比17%減に落ち込む非常に厳しい状況だったと報告。セグメント別では、SUVとエコカーが堅調な一方で、ピックアップのシェアが前年の46%から34%まで急低下、金融引き締めの影響が顕著に出たようだと説明した。さらにハイブリッド車(HEV)を除くEVのシェアは2022年の1.3%から10%に急増したが、HEVのシェアも8.7%から14%に増加していると強調。さらに2024年に入ってからの総市場は1月が前年同月比16%減と厳しい状態が続き、2024年の通年は70万~75万台に減少するとの見通しを示した。

同総会でのQ&Aも、大半がEVがらみの質問で、例えば中国勢の進出に関する質問に対し、「昨年、かなり動きがあった販売網もこのところ沈静化している」(三浦忠マツダ・セールス・タイランド社長)、「1月には中国勢のシェアが2割あったが、2月以後は若干落ち着くのでは」(堤氏)と中国勢の攻勢がいったん一巡しつつあるなどの見方が示された。この背景には充電インフラや中古車の再販価格への懸念、アフターサービスへの不安などのEVの課題が知られ始めていることがあるようだ。特にバッテリーの劣化問題、残存価値の透明感を指摘する向きが多く、バッテリーのリサイクルの重要性を訴える声も聞かれた。

一方で、EVサプライチェーンに関連し、部品分科会長のデンソー・インターナショナル・アジアの犬塚直人CEO兼社長は「タイ市場ではBEVのシェアが10%となり、中国メーカーが上位を占め、複数のメーカーが2024年以後にBEVの生産を開始するとの計画を公表している。その生産能力を見ると、海外への輸出拠点としての活用を視野に入れているようだ。これに伴い中華系のサプライチェーンもラヨーン県中心に数十社が進出してきている」と電動化領域のサプライヤー進出はさらに加速するだろうとの見通しを示した。

タイの2輪車市場の特徴

自動車部会総会ではタイ・ホンダの木村滋利社長が2輪市場の動向について、「電動2輪車の全体市場は2023年が2万1841万台で2022年の9886台から2倍以上の増加となった。スワップとプラグインでは、プラグインが伸びている。(電動バイクは)2024年も2倍ぐらいの伸びになるだろう」と述べた。興味深かったのは充電方式別の内訳で、バッテリーを交換する「スワップ」が3231台から2404台に減少する一方、固定式充電の「プラグイン」が6655台から1万9437台に急増していることだ。木村氏は質疑応答の中で、電動バイクのメリットはまだ恩典があり、価格が安いことがあり、一方でデメリットは1年も使うとバッテリーなどが劣化することだと指摘している。

今週TJRIニュースレターで配信したタイ・ホンダの木村滋利社長のインタビューは、筆者にとってほぼ初めての2輪車の取材であり業界の基礎知識も乏しく、個人的にもバイクに乗る趣味もなかったことから、さまざまな意味で新鮮だった。まず、タイの全体市場におけるホンダのシェアが2015年ごろ以後、8割前後を維持していることに驚く。1社でこのシェアというのは他の主要産業では滅多にないだろう。

3月6日付バンコク・ポスト(ビジネス2面)は、「次の2輪車革命」というタイトルの記事を掲載している。副題は、「バッテリー交換(スワップ)方式が持続可能なモビリティーを可能にする電動バイク導入を加速するだろう」というものだ。同記事は、「バイクは電子商取引の配送やロジスティクス分野の輸送手段としてより手ごろで柔軟な手段となっている」とした上で、ガソリンエンジンのバイクの排ガスが問題となる中で「タイがエネルギーと脱炭素の目標に向けて大きな前進をするためには電動バイクが大きなチャンスとなるだろう」と強調。その上でシンガポールのスタートアップ企業によるスワップ方式の電動バイクの技術とシステムを紹介している。ただ、JCC自動車部会で報告があったように、現時点ではタイではスワップ方式は逆に減少し、プラグインが増えているのが現状だ。

タイの電動二輪車市場データ
「タイの電動二輪車市場データ」出所:JCC

「人優先」という価値観はできないのか

世界的にもバンコクの道路と渋滞など交通事情の劣悪さは有名で、筆者も初めてタイを訪問して特にバイクの運転を見た時、本当に驚いた。それでも、カンボジアやベトナムを旅行した後、両国よりはまだましだという話にも多少は納得した。タイ語で「モータサイ」と呼ばれるバイクタクシーという交通手段があり、運転手はヘルメットを被っていることもあるのに、本来、安全性を最優先しなければならない客がヘルメットを被らないのが普通だということに驚く。一方で、バイク運転手が渋滞の車列のぎりぎりの狭い空間を巧みにすり抜け進んでいく運動神経、そしてそのバイタクに横座りして、両手でスマホを操作している女性のバランス感覚に驚嘆する。バンコクのバイタクの運転手は世界のバイク曲乗り大会でもあれば優勝するだろうと思った。しかし、これらの話はもちろんいい話ではない。

会社に出社、また退社する際に、トンロー駅からトンローソイ10の間のトンロー通り(スクンビット・ソイ55)をバイタクで移動する時、いつもひやひやする。それは頻繁に反対車線を逆走するからだ。しかし、数カ月前か、車線分離ポールが突如設置され、逆走ができなくなっていた。もしかしたら事故でもあったのか。当然の措置と思われるが、反対車線を逆走できなくなる分、渋滞時は車に比べ早いというバイクのメリットは低下する。こうしたバイクの反対車線の逆走、歩道走行、そして4輪車も含め歩行者が、信号が青で先に渡っているにも関わらず、右折、左折で歩行者を止めさせる習慣、それが当然だと思う運転者、歩行者の固定観念などタイの交通マナーは何とかならないのか今でも思う。

ホンダの交通安全教育の取り組みは高く評価されるが、それ以前に、日本では子供のころから植え付けられていただろう「どんな場合でも人が優先」という価値観、交通マナーをタイでも学校などで重点的に教えるとともに、免許取得・更新の際には交通ルールの徹底講習をすべきだろうと思う。タイが先進国になれないのは、単に経済力だけでない。現代のクルマ社会の中で4輪、2輪、自転車と人が共存できるルールとコミュニティー作りなどに関する価値観を国民がほとんど共有してこなかったこともあるのではないか。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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