ベトナム現地取材リポート(4)ベトナム最大企業、ビンGの賭けの成否は

ベトナム現地取材リポート(4)ベトナム最大企業、ビンGの賭けの成否は

公開日 2023.02.28

東南アジア経済に多少とも縁のある人でなければ、ベトナムにどんな企業があるかほとんど知らないだろう。約5年前にタイに初めて赴任する前、社名と事業内容を多少知っていた東南アジア企業はタイのCPグループのほか、国営タイ石油会社(PTT)など各国の国営石油会社ぐらいで、ベトナム企業名はほとんど知らなかった。

しかし、バンコク駐在以後、国際経済ニュースの中で急速に知名度が上がりつつあった不動産業を中核とするベトナム最大のコングロマリット、ビングループに興味を持つようになった。ビングループは2017年にビンファストを設立し、自動車市場に新規参入した。その後、世界のトレンドに追随し、電気自動車(EV)の生産を始め、昨年から自動車の母国である米国への輸出を開始、米国での製造拠点開設、そして米国での株式上場に向けて一気呵成に突き進む姿は驚きでしかない。東南アジアの国民車としてはマレーシアの「プロトン」が知られているが、時代は大きく変わり、外国企業の専門家を投入することで新興国でもそんなに簡単に自動車を開発・製造できるようになったのかと思うと感慨深い。

驚きのスピード経営

「自動車は難しい産業だと思う。資金も必要で、長い期間、技術を磨いていく必要がある。ビンファストは急に始めて、独BMWなどの欧州メーカー中心に人を引き抜き、デザインなどを導入しているが、どこまで行けるのかは懐疑的だ。特に資金が続かないのではないか。ビンは最近、ビンマート(スーパーマーケット)とビンマートプラス(コンビニエンスストア)を、地場の大手複合企業マサングループに売却した。さらに、大規模な都市開発案件に日系の商社、不動産会社が参加している。おそらくキャッシュが減少し、物件を切り売りしているのだろう」と語るのは現地のある日系消息筋だ。

ビングループが自動車市場への参入を発表し、ハイフォン市で生産工場の起工式を行ったのが2017年9月のこと。エンジン設計や主要部品は欧米企業が、外観デザインはイタリア企業が担当するとし、自動車生産部門トップには米ゼネラル・モーターズ(GM)の元幹部を起用した。2018年6月にはGMのベトナム事業を買収、ハノイ工場と「シボレー」の販売網も引き継ぎ、2019年に内燃機関の新型乗用車の販売を開始。そして同年6月にはハイフォン工場の開所式を行い、2021年3月から電気自動車(EV)の受注、同年12月には引き渡しを開始した。ビンファストは最初からEV専業を目指す方針を表明しており、地場の複数の大手石油会社と共同で、充電スタンドの整備を一気に進めている。

米国工場開設、株式上場へ

こうしたEVへの急傾斜以上に驚くのは米国などの海外展開だ。もともとビングループの創業者であるファム・ニャット・ブオン会長は、米国進出を目的としてビンファストを設立したとされ、自動車市場新規参入からわずか4年後の2021年7月には、北米と欧州各国に拠点を開設する計画を公表。同年11月には米カリフォルニア州ロサンゼルスに米国本社を開設すると正式発表した。22年3月には米国のノースカロライナ州政府と、EV生産の新工場設立に関する覚書を締結。年間生産台数は15万台とした。さらに、同年4月には新規株式公開(IPO)の申請方針を明らかにし、同年12月には米証券取引委員会(SEC)に対し、ナスダックでのIPOの登録申請をしたと発表した。

このほかでもEV関連事業で欧州、中国(CATLなど)、台湾、日本(ルネサスエレクトロニクス)などとの協業計画を矢継ぎ早に明らかにしている。同12月には、ハイフォン港を11月下旬に出発したビンファスト製EVを積載した輸送船が初めて米カリフォルニア州の港に到着し、輸出第1弾も実現した。特に米国事業の成否は別にしても、創業わずか6年の新興自動車メーカーのスピード感は驚きでしかない。

各種現地メディアによると、2022年のベトナムの新車販売台数は51万台を超え、このうちビンファストは2万4000台(うちEVは7400台)とされ、シェアは4.7%ということになる。ビンファストは大幅な値引き販売をしているとされ、ビングループの販売戦略では、ビンの住宅を買った場合にスマホや自動車も割引価格で買えるカラクリもあるという。前出の消息筋によると、ビングループが運営する「ビンID」というポイントカードはビンの商品すべてに適用されて、10%のポイントが付くという。商品の購入や系列病院の診察代支払いにも10%付く。例えば3000万円の住宅を買ったら300万円のポイントが付くのでビンの車が買えてしまえることになる。ビンの自動車は、今回の出張時にもハノイ市内で予想以上に見かけることができたが、こうした抱き合わせ販売、実質大幅値引きが販売台数を押し上げているようだ。

モントリオール国際自動車ショー(MIAS)2023に初参加したビンファスト
モントリオール国際自動車ショー(MIAS)2023に初参加したビンファスト(写真:©︎ Vingroup 2023

戦略変更では決断の速さ際立つ

今やベトナム随一の富豪となったビングループの創業者、ブオン会長はハノイ鉱山・地質大学卒業後、ウクライナに移住、同国で、即席めんレストランのビジネスを始めた、1993年食品会社を設立して成功したという。同社をネスレに売却した後、ベトナムに戻り、リゾート開発を含む不動産業で稼いだ資金で、小売業、通信業などを次々と展開し、ベトナム最大のコングロマリットとなり、満を持して自動車市場に参入した形だ。

一方で、2010年代半ばに新規参入した小売業では、2019年にはビンマート、ビンマート+とも、食品事業を中核とするベトナムの大手複合企業マサングループと統合させて事実上撤退。さらに、2018年にスペインのスマートフォンメーカーを買収して立ち上げた「Vsmart」ブランドの携帯電話事業では、わずか3年後の2021年5月にはスマホの新規開発・生産を停止すると発表した。事業を一気に多角化するこれまでの戦略を見直し、選択と集中に舵を切ったと受け止められているが、その決断の速さは特筆されるものがある。

ビンGがベトナム経済の命運を握る?

こうした目まぐるしい事業展開が続く中で、従来は想定していなかった大きな不透明要因が昨年から急浮上してきた。2月14日付のこのコラムで紹介した不動産大手市場の混乱だ。ビングループも本業が不動産開発だけにその影響は免れない。ある業界筋は、「ビングループもスキャンダルの前までは、開発の許認可も容易に取得できるし、カネはいくらでもあると強気だった。人口5万人規模の巨大な都市開発プロジェクトを進める中で、業歴が長くて、ブランド力があり、自分たちの商品価値を上げられるような資格のある企業にしか販売しませんと言っていた。しかし最近は、誰でもいいから現金で買ってくださいという言い方になっている。理由は、不動産収入が大幅減になる一方で、自動車への投資が膨らみ、さらに開発の許認可も取れないからキャッシュフローが相当悪化しているのだろう」と指摘する。

創業わずか6年のビンファストのEVシフト、米国そして欧州展開という大きな賭けは、一代でベトナム最大の企業にのし上がったビングループの命運を大きく左右しかねない。前出の業界筋は、「ビングループは国策だ。EVも国からいわば押し付けられたのではないか。一方で、不動産スキャンダルにはまだ巻き込まれていない。ビンファストの経営が落ち着けば、また不動産業で利益を上げられる。国としてもビンに変わる企業はなく、持ちつ持たれつだろう」と指摘する。結局、ベトナム経済の将来はビングループとともにあるのだろう。

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THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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