極寒地でのEVの現実、ハイブリッドの復権 ~中国のEV攻勢に怯える欧米~

極寒地でのEVの現実、ハイブリッドの復権 ~中国のEV攻勢に怯える欧米~

公開日 2024.01.22

前回コラムで、中国の電気自動車(EV)などの過剰生産能力が世界経済に与えるインパクトに関する論考を紹介した。このため今回は別のテーマを執筆するつもりだったが、その後も中国のEV産業をめぐる興味深い報道が相次いでいることから、今回もまたEVがらみの記事を紹介する。それは東南アジアで中国製EVの進出ラッシュの主舞台となりつつあるタイとその消費者にとっても極めて重要な参考情報になると思われるからだ。

特にセター政権になってから、タイ政府はEV推進一辺倒から、内燃機関(ICE)車にこだわる日本企業にも配慮するバランス感覚を示している。ただ、昨年末のタイ国際モーターエキスポでの中国の新興EVメーカーの記者会見へのタイメディアの殺到ぶりを目の当たりにし、実際の中国製EV販売台数の急増ぶりを見ると、東南アジアの自動車産業ハブの地位確保を目指すタイがEVに熱狂する姿をやや危惧している。それはバッテリーの劣化問題や、それに伴う自動車ローン提供の困難さも表面化しつつあるからだ。タイ人の優れたバランス感覚を信頼すべきなのか、「新し物好き」のタイ人を懸念すべきなのか。

米シカゴでのEVの現実

「シカゴの気温が氷点下となり、電気自動車(EV)の充電ステーションは悲惨な光景となっている。バッテリーはなくなり、運転手はいらだち、(充電を待つ)車列は道路まではみ出している」

1月19日付バンコク・ポスト紙はビジネス6面で、米ニューヨーク・タイムズ紙のEVがらみの2本の記事を転載しており、そのうちの1本は米シカゴ発の「EVオーナーは寒波のトラブルに巻き込まれている」という記事だ。同記事は、あるウーバーの運転手の「このような寒波の時はEVは機能しない。充電がうまくいかない」とのコメントを紹介。この運転手は充電ステーションに行く途中でバッテリーが切れたため、残りをけん引していかなければならなかったという。そして充電に通常1時間しかかからないが、この時は5時間かかったという。1月16日のシカゴ周辺は摂氏マイナス30度まで冷え込んでいたという。筆者もシカゴ駐在経験があるため、このような極寒は何度も経験しており、実感はある。

そして同記事は、こうしたシカゴの問題は、「充電インフラが極寒の条件に対応できていなかった」ために発生したのだろうとの元テスラの従業員のコメントを引用。その上で、同様の寒冷地でEVの普及率が高い北欧ノルウェー(4台に1台がEV)のEV業界団体のアドバイザーは、ドライバーは運転前に車を温めるなど寒さ対策に慣れているとした上で、ノルウエーでも夏より冬の方が充電待ちの列は長くなるが、同国では充電装置を増やしているとも説明。さらに、同国市民の大半がアパートではなく、一戸建てに住み、EVオーナーの90%が自宅に充電装置を持っているとEV先進国の現状を報告している。

そして同アドバイザーはEVメーカーによるモデルの改良により、こうした寒冷地での問題は徐々に解消されていくだろうと指摘。「新たな課題は増えているが、業界のイノベーションにより、多くの問題が完全ではないものの、少なくとも部分的には解決していくだろう」との見方を示している。確かにイノベーションが今後もEVのさまざまな課題を1つ1つ克服していくだろうし、こうした寒冷時の問題はもちろん年中温暖なタイなど東南アジアでは無縁の話かもしれない。

米国でのハイブリッド車の復権

19日付バンコク・ポスト紙が掲載したもう1本のニューヨーク・タイムズ紙の記事のタイトルは「ハイブリッド車がルネッサンスを享受している」で、副題は「米国のバイヤーはまだBEVの準備はできていない」というものだ。同記事は「テスラや他のEVがその未来技術と脱ガソリンの未来への夢から自動車購入者を魅了する中で、ハイブリッド車(HV)は過去のニュースになった。トヨタ・プリウスの販売台数は過去10年で85%減少した」と話を始める。しかし今や、EV販売台数の伸びの鈍化により、EVをけん引してきたゼネラル・モーターズ、フォード・モーター、フォルクスワーゲンなどが、野心的なEV販売目標を撤回しつつある一方で、HVの販売が急増しており、これが2023年に示された長期的な現実かもしれないと指摘する。

同記事によると、米国での2023年のEV販売台数が前年比46%増の120万台となり、全新車販売台数の7.6%のシェアを占めたが、HVの販売台数は同65%増の120万台超となり、そのシェアは8%と前年の5.5%から急拡大、EVの伸びを上回ったという。さらにプラグイン・ハイブリッド車(PHEV)を含めると新車の10台に1台がガソリンエンジンと電動モーターを持った車だと説明。アナリストらは、EV価格の高止まりと公共充電装置に対する懸念が、レンタカー業者や自宅に充電装置を持たない都市生活者などをHVに向かわせていると指摘する。そして、HVの復活は主に、トヨタ自動車、ホンダ、現代自動車に恩恵をもたらしており、これらの米国内でのHV販売シェアは約90%に達するという。

もともとは強力なEV推進派だったとされるニューヨーク・タイムズ紙の最近の記事は明らかに、米国の自動車市場におけるEVへの受け止めが変わりつつあることを示唆している。より理念的環境保護主義の欧州がハイブリッド車を将来の禁止対象としている方針を変えていないことと比較して、実利を重視する米国の国民性を表しているのかもしれない。米有力消費者情報誌コンシューマー・リポートの自動車ブランドの2023年版ランキングのトップ10にSUBARUやトヨタなど日本車の5ブランドが入る一方、テスラは17位にとどまっている。また同誌はまた、EVはガソリン車やHVと比べ消費者の信頼感が低いとする調査結果も公表している。

中国製EVの流入を恐れる欧米

米ニューヨーク・タイムズ紙のこうしたEVに対する見方の変化に対し、英エコノミスト誌は従来からの中国製EVの躍進への肯定的な評価姿勢を変えていない。同誌1月13日号は巻頭記事などで、中国製EVが欧米市場に与えるインパクトを詳しく分析。まず、Leadersの1本目は「中国製自動車の奔流が欧米を恐怖に陥れている」というタイトルで、副題は「しかし、安価でクリーンな自動車に市場を開放し続けるべきだ」というもの。これらのタイトルで自由貿易を標ぼうするエコノミスト誌の姿勢が揺らいでいないことが分かる。同記事は「今や中国の自動車メーカーは驚くほど急増している」とし、中国製自動車の成功を恐れるのではなく、祝福すべきだと主張している。

同記事は、「ちょうど5年前は、中国の自動車輸出台数は、当時、世界トップだった日本の4分の1でしかなかった。今週、中国の業界は2023年の輸出台数が500万台を超え、日本を上回った。比亜迪(BYD)は昨年第4四半期には50万台のEVを販売し、テスラは後塵を拝した。中国製EVはおしゃれで先鋭的で、もっとも重要なのは安価なことだ。世界が脱炭素化に向かう中で、需要はさらに拡大するだろう。2030年までに中国の世界シェアは倍増して約3分の1を占め、特に欧州市場において西洋の大手メーカーの独占を終わらせるだろう」と中国の自動車メーカーの将来に楽観的な見方を示している。同時に欧米の中国製自動車への規制強化の動きを批判し、また、安価なEVの普及が温室効果ガス排出削減に役立つと主張。相変わらず、多くの国で電気を化石燃料から作っていることや、バッテリーの廃棄、リサイクルなどのリアルな環境問題への言及はない。

自動車の安全性、信頼性という価値はいずこへ

エコノミスト誌はさらに、Briefingの「中国のEV産業が急拡大する中で、西側企業は震撼とさせられている」との記事で、中国製EVの見通しについてより詳しく論じている。その中では、中国製EVは政府の補助金支給などの支援や国内サプライチェーンの構築により低コストで安価になっているだけでなく「幾つかの点で、素晴らしい技術を活用している」と強調。アナリストらは、中国のEVブランドが他と差別化している主な魅力は、ソフトウエアとスタイリングであり、ここに中国の強みがあるとする。この背景には欧米に比べそのドライバーがより若いこともあると分析。中国の若者は最高の音響や画像、そして洗練された「インフォテインメント」に価値を見出し、これらの機能では西側の自動車メーカーよりBYDや蔚来汽車(NIO)を高いランク付けをしているが、中国製EVが安全で、信頼でき、快適だという評価はしていないと指摘している。エコノミスト誌のこの見方が、なぜ中国製EVがタイを含め世界の若者中心に売れるようになったのかの理由を物語っているのかもしれない。

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TJRI Editor-in-Chief

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社し、証券部配属。徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部などを経て、2005年から4年間シカゴ特派員。その後、デジタル農業誌Agrioを創刊、4年間編集長を務める。2018年3月から21年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。TJRIプロジェクトに賛同し、時事通信社退職後、再び渡タイし2022年5月にmediatorに加入。

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