バイオ化学、タイ経済のけん引役になれるか ~ クルンタイ・コンパスのリポートより ~

バイオ化学、タイ経済のけん引役になれるか ~ クルンタイ・コンパスのリポートより ~

公開日 2022.08.23

クルンタイ銀行の調査会社クルンタイ・コンパスは今年6月、タイの「バイオ化学」産業に関するリポート「バイオケミカル・テクノロジー~タイ農業ビジネスの興味深いメガトレンド」を公表した。同リポートは第1部が「バイオ化学とは何か」、第2部が「なぜバイオ化学なのか」、第3部が「どのような企業がバイオ化学事業を拡大できるか」の3部構成で、農産物資源が豊富なタイでバイオ化学が新たな主要産業になれるかを詳細に分析している。

農産物の付加価値を高めるバイオ化学

「バイオケミカル(化学)はタイの農業部門に新たな付加価値を創出する一つのオプションだ。タイ政府の新経済戦略であるバイオ・循環型・グリーン(BCG)モデルにも沿っており、農業ビジネス企業はこの市場に参入すべきだ」

 「バイオ化学とは何か」を解説する第1部ではまず、バイオ化学について「農産物を原料にバイオテクノロジーを応用して化学品・関連製品を開発・製造するものだ」と定義づける。具体的には「サトウキビ」「キャッサバ」「アブラヤシ(oil palm)」などの商業作物を原料に、食品や飲料、動物飼料、化粧品などの工業製品に転換可能な化学製品を開発。農産物に最も大きな付加価値をもたらすものだとする。その上で、農産物を最下部に、中間にバイオ燃料とバイオプラスチック、そして最上部にバイオ化学製品を置く、三角形型の基本コンセプト図を紹介し、上に行くほど付加価値が高くなると説明している。

『農作物に高付加価値を与えるバイオ化学』出所:Krungthai COMPASS

特に「かなり前には企業家らは、(農産物を)バイオ燃料やバイオプラスチックに転換することで付加価値を高めた。しかし、自動車が代替エネルギーを利用する方向となり、バイオプラスチックは農業廃棄物などのより安価な原料を使うようになった」と指摘。バイオ化学はBCGなどの持続的発展を強調する新しい経済モデルに沿った興味深い代替手段となり、農産物の付加価値をより高めるだろうとの見方を示す。

広範なサプライチェーンを形成

続いてサトウキビ、キャッサバ、アブラヤシという3つの主要商業作物の生産チェーンについて具体的に説明する。サトウキビでは農家がサトウキビを栽培して製糖工場に売り、製糖工場は粗糖や精糖を精製、この過程での副産物であるバガスや糖蜜からガソリン混合用のエタノールが生産されてきたと紹介。さらに、そのエタノールからはβグルカン、グルタチオン、フルフリルアルコールなどが製造でき、最終的には食品、動物飼料、医療などのより広範囲の産業分野のサプライチェーンができるという。

アブラヤシは従来、粗パーム油に精製した後、食用油やバイオディーゼルなどが生産されてきたが、さまざまな脂肪酸やエステル、グリセリンなどに合成され、石鹸、洗剤、化粧品、食品添加物、潤滑油、医薬品などより付加価値の高い最終製品に加工できる。キャッサバは一次加工品としてタピオカ、ペレット、中間加工品にはエタノールや包装容器があるが、さらにクエン酸、グルコースシロップ、ソルビトールなどの代替甘味料となり、食品・飲料に利用できるとする。

結局、バイオ化学製品は食品・飲料から動物飼料、消費財、製薬、化粧品、医療などの広範囲の川下産業で利用されているとした上で、具体的なバイオ化学企業を紹介する。例えば米穀物メジャーのカーギルは消費者の健康志向に合わせて代替甘味料を食品・飲料の材料として使っている。また、キャッサバを原料にでんぷん粉やエタノールを製造するタイのウボン・バイオ・エタノール(UBE)は、シロップやマルトデキストリンなどの甘味料の生産ラインを増やすための投資プロジェクトを拡大する計画だ。動物飼料分野では、製糖大手ミトポン・グループが代替飼料として飼料イースト(酵母エキス)を生産しているほか、また魚粉・大豆粕由来のタンパク質や、動物飼料サプリメントとして抗酸化作用があり、有毒廃棄物を防ぐことができるβグルカンを製造しているという。

タイのバイオ化学の可能性

同リポートは、タイのバイオ化学産業の可能性について、原料となる植物資源の豊かさから発展、拡大の可能性は高いとの見通しを示している。具体的には、パーム油は生産量310万トンで世界ランキングは3位、輸出量は50万トンで同10位。砂糖は生産量760万トンで世界5位、輸出量は360万トンで同3位。キャッサバは、生産量3000万トンで世界7位、輸出量は1000万トンで同1位-と現在の原料供給量を報告。

『タイの原料農産物の生産量と輸出量及び世界ランキング』出所:Krungthai COMPASS

その上で、「ロシア・ウクライナ戦争の長期化でエネルギー価格が急騰し、世界中の食用作物とエネルギー作物のバランスが懸念される中でも、タイの農産物生産量はバイオ化学産業を支えるには十分だ」と指摘。バイオ化学製品への原料供給比率の現状として、「酵母、フルフリルアルコール、代替甘味料」向けのサトウキビが3.6%、「βグルカン、フィターゼ酵素、生分解性プラスチック」向けのキャッサバがわずか0.3%、「油脂化学品」向けの原料アブラヤシは4.3%であり、いずれもこれら農産物の生産量はバイオ化学製品向け原料として十分供給できるとの認識を示している。

一方で、これまでタイでバイオ化学分野への投資、研究開発(R&D)を積極的に行う企業が少なく、タイは2021年時点でバイオ化学製品の93%を輸入に頼ってきたという。キャッサバを原料とするタピオカスターチ(でんぷん)工場や製糖工場、パーム油製油工場におけるバイオ化学の比率はたった1.7%でしかなく、国内バイオ化学産業への投資拡大チャンスは大きいという。

付加価値は18~188倍に

クルンタイ・コンパスのリポートの第2部は、タイがバイオ化学産業を強化すべき理由について、農業関連企業にとって次のような4つの支援要因があるからだと説明している。

(1)新世代の消費者は、健康と環境により配慮するようになっている。国際食品情報評議会(IFIC)の調査によると、消費者の77%が健康や環境に優しい天然成分で製造された食品や製品を買うと回答。さらに消費者の69%が環境を重視した栄養食品を求めており、その付加価値分を積極的に支払う用意があるという。

(2)バイオ化学技術は農業製品価格に対し18~188倍もの付加価値をもたらす。例えば生分解性プラスチックの付加価値は原料農産物の188倍、サトウキビやキャッサバから製造する代替甘味料の価値は原料の113倍、動物飼料向けフィターゼ酵素の価値は原料キャッサバの43倍の価値になるという。

『各製品における原料農産物の付加価値』出所:Krungthai COMPASS

(3)バイオ化学市場の成長余地は大きい。米市場調査会社マーケット・ウォッチによると、世界のバイオ化学市場の成長率は年率9.1%となり、2028年の市場規模は788億3000万ドルに達する見込みだ。製品別の年平均伸び率は生分解性プラスチックが13.7%、酵母エキスが12.1%、βグルカンが10.4%、代替甘味料が10.1%などと続いている。

さらにクルンタイ・コンパスの独自試算によると、タイ国内のバイオ化学市場の規模は2028年には376万9000ドルとなり、年平均の伸び率は14.2%に達する見込みだ。タイではフルフリルアルコールと代替甘味料というサトウキビ由来のバイオ化学品、パーム油由来の油脂化学品の伸び率がいずれも15%台という高成長が期待されている。

(4)タイ政府が法人税の免除や機械輸入税の免除など本格的にバイオ技術事業への投資を支援している。2021年にタイ投資委員会(BOI)から投資恩典の承認を受けたバイオ化学事業での投資額は10億バーツを上回り、前年比では95%増加した。

高齢社会迎え、医療分野は年15~20%の成長も

第2部の最後では専門家の見通しを紹介している。このうちBIOタイランド・グループのラシカン・タンティサランヤパット社長はまず、「今後1~2年間のタイのバイオ化学市場の方向性はどうなるか。どの分野への関心が高いか」との質問に対し、「特に製薬などの医療分野の製品がこれまで成長を続けてきた。新型コロナウイルス流行の恩恵も受け、高齢社会を迎え健康・環境志向のトレンドにも対応できる。この分野は年率15~20%の成長が続くだろう」との見通しを示した。

また「タイのバイオ産業の成長を促進する要因は」との質問に対して、ラシカン氏は「全部門の協力が極めて重要だ。当社はタイ国立科学技術開発庁(NSTDA)の協力を得て、輸入する代わりに、環境に優しい消毒製品を生産し、公衆衛生を確保した。2023年には輸出市場への展開も予定している」と答えている。

バイオ化学は難しくない

リポートの第3部では、どのような業種がバイオ化学分野でビジネスチャンスがあるかとの問いに対し、タピオカスターチ工場、製糖工場、パーム油工場の3業種にバイオ化学事業を拡大していけるチャンスがあるとの見方を示している。これらの業界は既存製品を応用でき、付加価値を加えることが可能であり、すでに経験があり原料を持って市場に参入しているとし、「バイオ化学は難しくない」と断言している。

クルンタイ・コンパスがタイ商務省事業開発局のデータに基づき算出したところによると、タピオカスターチの工場数は112で市場規模は1260億バーツ、製糖工場の数は41で市場規模は1287億バーツ、パーム油の工場数は20で市場規模は350億バーツで、これら3業種合計の市場規模は2897億バーツだという。そしてこれらの工場では既存事業の付加価値を高めることができると助言している。

そして、タイ企業が農業製品事業をバイオ化学事業まで高める要因として、①十分な原材料資源 ②エコシステムを通じた協力体制 ③研究開発(R&D)の3つを挙げた。特に、バイオ化学の主要なコストが原材料のため、その豊富さとアクセスが最も重要だと強調した。

②については、サプライチェーンを通じた協力体制の構築が重要であり、企業、研究開発機関から政府までがノウハウを持ち寄り、将来的にタイの農産物の付加価値を高め、競争力を向上させる必要があると訴えた。さらに③については、バイオ化学品の製造には技術が必要であり、製造コストは一次産品よりも高いため、企業は投資に注力する必要があるとした。

官民協力体制の構築を

これらの調査、分析を踏まえクルンタイ・コンパスはタイ政府に対し、次のような政策提言を行っている。

(1)製品の研究開発などへの支援投資では政府の役割が重要だ。なぜなら、現時点ではタイのバイオテクノロジーの大半が川上産業の研究室レベルにとどまっており、バイオ化学産業では研究開発への投資がなければ商業ベースにならない。政府の支援により資金を確保し、コストを削減し、輸入品と競合可能にするための研究開発が必要だ。これがタイのバイオ化学産業の持続的成長の基盤となる。

(2)農産物でも食料向けと工業向けの区分けに関する明快な政策を確立し、農業と食品に関するデータベースを構築する。データベースには農産物の栽培、収量、災害リスクに関する情報を含み、原材料管理を効率化し問題を解決するための正確でシステム化された方法で政策を立案し、形成していく必要がある。

クルンタイ・コンパスは一方で、農業関連企業はタイ国家イノベーション庁(NIA)などの政府の専門研究・諮問機関、検査機関、認証機関と連携する必要があり、そうすれば、バイオ化学の展開も容易になるだろうと助言している。

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TJRI編集部

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