タイ駐在員のための労務管理のポイント ~駐在員(経営層・マネージメント層)が知っておくべき労務管理の基本情報~

タイ駐在員のための労務管理のポイント ~駐在員(経営層・マネージメント層)が知っておくべき労務管理の基本情報~

公開日 2023.05.05

タイでは従業員との法令や労働条件の見解の相違、解雇時の支払い条件などにかかるトラブルが多くみられます。そのため、労働者保護法をはじめとするタイの労働法について日本と異なる部分を把握したうえで、法令順守や社内規程整備を行うことが求められます。さらに、タイ特有の慣例を十分に把握し労務管理にあたるのが肝要です。特にタイに赴任されたばかりの方は、日本とは異なるタイ特有の法令や慣例に日々驚きの連続かと思います。

今回は日々のタイでの労務管理において特に重要なポイントをまとめていますので、今後の会社運営のご参考としていただければ幸いです。

雇用前

従業員を雇用する際には雇用契約書の締結と就業規則の説明を行うのが一般的です。雇用契約は口頭でも有効ではありますが、トラブルを避けるため契約書の締結が望ましくなります。契約書の作成言語は英語や日本語でも有効となりますが、契約当事者双方が理解できる言語で作成する必要があります。

雇用契約には有期雇用契約と無期雇用契約があります。有期雇用契約は例えば2年間などの期間を定める契約となります。有期雇用契約を繰り返し延長する場合には無期雇用契約とみなされる可能性があるため注意が必要です。無期雇用契約は定年までの契約となります。

タイでは従来55歳定年が一般的でしたが、近年は高齢化社会の進展に伴い60歳定年とする企業も増えています。労働法上も2017年の労働者保護法の改正に伴い、就業規則に規定がない場合は60歳を定年とされています(労働者保護法118/1条)。

従業員を10人以上雇用してから15日以内に就業規則をタイ語で作成・施行する必要があります(労働者保護法108条)。2017年の国家平和秩序維持評議会(NCPO)発令以降は労働局への届け出は不要になりました。

タイの就業規則に必ず記載する事項は以下の通りで、タイ語での作成が必要です(労働者保護法108条)。

1.労働日、通常労働時間及び休憩時間
2.休日及び休日の原則
3.時間外労働及び休日労働の原則
4.賃金、時間外労働手当、休日労働手当及び休日時間外労働手当の支給日及び支給場所
5.休暇日及び休暇取得の原則
6.規律及び懲戒処分
7.苦情申し立て
8.解雇、補償金及び特別補償金

雇用中

タイには地域別、職種別の最低賃金があり、会社は定められた最低賃金以上の給与を支払う必要があります(労働者保護法90条)。2023年4月時点での具体的な最低賃金額(日額)は以下の通りです。月給者の場合は30日分で計算をしますので、例えばバンコクの場合、353バーツ×30日=10,590バーツが最低賃金(月額)になります。

最低賃金地域
354 THBチョンブリ、ラヨン、プーケット
353 THBバンコク、ノンタブリ、ナコンパトム、パトゥムタニ、
サムトプラカン、サムトサコン
345 THBチャチュンサオ
343 THBアユタヤ
340 THBプラチンブリ、ノンカイ、ウボンラチャタニ、パンガー、
クラビ、トラード、コンケン、チェンマイ、スパンブリ、
ソンクラ、スラタニ、ナコンラチャシマ、ロッブリ、サラブリ
340 THBムクダハーン、カラシン、サコンナコン、
サムトソンク ラーム、チャンタブリ、ナコンナヨク
338 THBペチャブン、カンチャナブリ、ブンカーン、チャイナート、
ナコンパノム、パヤオ、スリン、ヤソトーン、ロイエット、
ルーイ、パタルン、ウタラディット、ナコンサワン、
プラチュアブキリカン、ピサヌローク、アントン、サケオ、
ブリラム、ペチャブリ
335 THBアムナーチャロン、メーホンソン、チェンライ、トラン、
シーサケート、ノンブアランプー、ウタイタニ、ランパン、
ランプン、チュムポン、マハサラカーム、シンブリ、サトゥン、
プレー、スコタイ、カンペンペット、ラチャブリ、ターク、
ナコンシタマラート、チャイヤプーム、ラノン、ピチット
328 THBヤラー、パッタニー、ナラティワート、ナーン、ウドンタニ

雇用条件の多くは就業規則に規定がされますが、中でもタイの特殊な休暇制度は労務管理上留意が必要となります。

年次有給休暇

年次有給休暇は年間6日間の有給休暇です(労働者保護法30条)。会社によって日本のように勤続期間によって付与日数を増やすケースもみられます。

傷病休暇

傷病休暇は年間30日まで有給休暇です(労働者保護法57条)。取得理由は傷病と限られていますが、医師の診断書を求めることができるのは3営業日連続で休む時のみ(労働者保護法32条)ですので、本人次第で取得できる休暇と言えなくもありません。

出産休暇

産前産後で98日間取得できます(労働者保護法41条)。そのうち8日間は産前の検診のための休暇で無給での付与が可能となります。残りの90日のうち45日分は有給とする必要があり、一般的には産後に取得する場合が多いようです。

出家休暇

タイは国民の9割以上が仏教徒ですので、男性は一生のうち1度は出家するケースが多いです。最近は出家しない人もいるようですが、20歳前後での出家が多いようです。しかし、出家はお金がかかるため働いてお金をためてから出家するパターンがあるため、法定ではありませんが一般的に出家休暇の取得を認めているケースが多くなっています。この休暇は法定の休暇ではないため、無給でも問題ありません。出家期間は、一般的に1~2週間程度が多いです。

私用(用事)休暇

元々は戸籍謄本の取得やIDカードの更新など政府機関での手続きなどのための休暇ですが、法定では取得目的の明記がされておらず、年間3日まで有給で付与する必要があります(労働者保護法34条)。土日は市役所が開いておらず平日に行かなければならないときのための休暇という建付けになっています。

兵役休暇

兵役休暇は年間60日までの有給休暇です(労働者保護法58条)。兵役は高等教育で免除が一般的で、通常タイの履歴書には兵役免除状況についての項目がありますので、面接の際に確認する場合もみられます。

社会保険

また、社会保険や福利厚生に関わる労務対応も重要となります。企業は、一人でも社員を雇っていると社会保険に加入しなければなりません。保険料は本人と会社が5%ずつの合計10%。現在は月給の上限が15,000バーツですので、各々750バーツの支払いです。しかし、バンコクのオフィスで働く場合、労働者の月給は15,000バーツを超えていることのほうが多いでしょう。給付内容は、健康保険(傷病、障害、出産、死亡)、老齢年金、失業保険の3つです。

健康保険は、指定の病院でしか使用できないため、利用しない人のほうが圧倒的に多い傾向があります。そこで福利厚生の一環として民間のグループ医療保険に加入しているケースもあります。

老齢年金は積み立て式で、180ヶ月以上保険料を納付している場合に、受給直近の60ヶ月の平均給与の15%が支給されます。また、納付期間が180ヵ月を超える場合、12ヵ月につき1.5%上乗せで支給されます。

失業保険は、直近15ヶ月間に6カ月以上保険料を納付していて、会社都合の退職の場合、給与の50%が最長180日間給付されます。自己都合または契約満了の場合は、給与の30%が最長90日間給付されますが、1年間に複数回の申請を行う場合は併せて180日が上限です。

保険料計算時の給与額が上限15,000バーツのため、老齢年金や失業保険の給付の際の基準日額も15,000バーツが上限になります。

労災保険の概要

タイの労災保険は1月1日~12月31日が対象期間で、当年度の見積もりを1月31日までに申告・納付します(Kor Tor 26)。確定保険料の申告・納付・還付は2月末までとなっており、見積もりの保険料申告・納付とタイミングが異なっています(Kor Tor 20)。

労災保険料の料率は業種によって異なり、0.2%~1.0%となっています。また、過去3年間の労災保険からの給付実績に応じて保険料率の増減があり、最も低い場合0.1%まで下がります。

保険料を計算するときの賃金総額は、社会保険に加入する全従業員の給与が対象となります。取締役で社会保険に加入していない人の役員報酬・給与は対象外です。また、1人あたりの賃金が上限240,000バーツ(1カ月あたり20,000バーツ)となりますので、月給20,000バーツ超の場合は、一律20,000バーツとして計算されます。

なお、労災保険の給付は傷病、障害、リハビリ、死亡と大きく4つの区分に分かれています。給付額も保険料計算時の上限である20,000バーツ/月を基準として計算されます。

退職・解雇時

タイの日系企業で最も多い労務トラブルが退職時の解雇補償金かと思います。特に解雇補償金の要否についての知識がなくトラブルになってしまうケースが散見されます。会社都合で解雇をする場合には解雇補償金の支払いが必要となり(労働者保護法118条)、エビデンスが不足し懲戒解雇には至らない場合、パフォーマンスを理由とする場合、事務所の移転で本人が新しい場所での就労を希望しない場合、会社業績による場合などが該当します。また、定年による退職の場合にも解雇補償金と同額の支給が必要となります(労働者保護法118/1条)。

解雇補償金は下記のテーブルに基づき支給が必要となります(労働者保護法118条)。

勤続期間解雇補償金額
120日~1年未満30日分賃金相当
1年~3年未満90日分賃金相当
3年~6年未満180日分賃金相当
6年~10年未満240日分賃金相当
10年~20年未満300日分賃金相当
20年以上400日分賃金相当

※機械導入等による整理解雇とされる場合:勤続期間6年以上の従業員は勤続期間1年につき15日間特別解雇補償金を上乗せ(労働者保護法122条)


タイの労務についてよくあるQ&A

タイの労務のよくあるQ&Aはこちらを参照ください。

タイの労務管理の基礎知識を学びたい方へのオススメ講座

2023年6月ビジネスコース Day4-AM|6/23[金] タイ駐在員のための労務管理

タイ駐在員のための明日から使える労務管理

日時:2023年6月23日(金)9:00~13:00(タイ時間)

会場:Mediator内セミナールーム(またはMajor Tower Thonglor 会議室)

BM Accounting Co., Ltd. / BM Legal Co., Ltd.
President、米国公認会計士(inactive) 、社会保険労務士

長澤 直毅 氏

社会保険労務士法人の代表社会保険労務士としてアジア各国での就業規則、雇用契約書作成、労務監査を対応。2012年よりインドネシア・ジャカルタ駐在、13年にはタイ・バンコクに駐在。16年にBM Accounting Co., Ltd.およびBM Legal Co., Ltd.を設立。バンコクに常駐してタイでの労務管理、解雇にかかる対応、労働組合、従業員・福祉委員会の対応にかかる相談、人事制度作成時の相談、会計・税務その他経営に関する相談、会計ソフト導入支援などを行う。

BM Accounting Co., Ltd. / BM Legal Co., Ltd.

タイで事業を行う日系企業・事業主の皆様が本業に専念できるよう、会計・税務・労務にかかる相談対応、業務代行を行っております。

E-mail: info@bm-ac.com
TEL: 02-076-7006
BB building F12 No.1213, 54 Soi Sukhumvit 21 (Asoke) Road, Kwaeng Klong Toey Nua, Khet Wattana, Bangkok 10110, Thailand

Website : http://www.businessmanagementasia.com/

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