タイのアルコール飲料規制と飲酒文化 ~ビール市場の寡占は崩れるか~

タイのアルコール飲料規制と飲酒文化 ~ビール市場の寡占は崩れるか~

公開日 2024.03.04

長年、2社寡占状態が続いていたタイのビール市場への大手企業の新規参入が注目される一方、飲酒規制の見直しをめぐる議論が活発化している。昨年11月9日にタイ栄養ドリンク大手カラバオがビール市場参入を発表して以後、同社の「カラバオ」ブランドのビールがコンビニや食品スーパーなどの店頭に並び始め、最古参ブランド「シンハー」と「リオ」のブンロード・ブルワリーと「チャーン」のタイ・ビバレッジの大手2社の岩盤をどこまで崩せるか興味深い。

一方、午後2時から午後5時までなど店舗や飲食店でのアルコール飲料販売禁止時間の撤廃案をめぐる賛成派、反対派の駆け引きが活発化している。過去2年ほど世界的にも注目を集めたタイの大麻自由化の評価も混迷しているが、タイの飲酒規制とその価値観は主に仏教に由来するものなのかなど分かりにくい。今回はタイ飲料業界に関するリポートからアルコール飲料業界の歴史と基本構造を紹介した上で、タイの飲酒文化やアルコール飲料産業の課題などを考察する。

クルンシィの飲料業界リポート

「タイの飲料業界は、輸入代替戦略の一環として政府によるアルコール飲料生産への支援から始まった。そして民間部門の投資により市場は発展し、タイ投資委員会(BOI)による投資恩典がインパクトとなり、タイ飲料業界は現在、アルコール飲料、ノンアルコール飲料の幅広いレンジを持つ段階まで成熟してきた」

アユタヤ銀行の調査会社クルンシィ・リサーチは昨年11月に公表した「飲料業界~タイ産業見通し2024~2026」リポートで、タイの飲料業界の発展の経緯をこう概観した。

そしてノンアルコール飲料業界は当初、外国企業による投資を通じて発展してきたとし、具体的には「1949年にコカ・コーラがタイでの生産を開始した」などと紹介している。そして、国内ノンアルコール飲料市場の発展に伴い、タイ政府は、第3次国家経済社会開発計画(1972~1976年)に盛り込まれた輸出産業支援策などを通じて、より積極的な支援に乗り出したと解説。さらに、こうした開発戦略は、タイの低い労働コストや原料となる農産物のアクセスの容易さに依存していたと指摘している。

一方、アルコール飲料業界については、「コメと砂糖を原料とし、発酵技術を使う国内生産飲料から始まった」と説明。発展の第1段階は1927年にパトゥムタニ県の工場で国がアルコールの生産・販売を独占する形で始まり、独自の香り、色、アロマの高度数のアルコールを製造するためにハーブをブレンドしたという。しかし、1959年にタイ政府はアルコール飲料生産を民間に開放。その後、1999年になってアルコール飲料の生産・販売が自由化されて新たな産業が本格始動し、タイ国内市場向けにビールを生産するタイと外国企業が合弁で多数の醸造所や蒸留酒工場を開設していったという。

アルコール飲料の規制と緩和の現在地

しかし同リポートは、こうしたアルコール飲料市場の改革の取り組みにもかかわらず「アルコール飲料は引き続き厳しく規制されている」と強調する。例えばアルコール飲料製造工場は小規模でもライセンス取得が義務付けられているほか、アルコール飲料の広告は法律で厳しく制限され、オンライン販売は禁止されていると指摘。これらの規制が、プレーヤーによる市場での競争を難しくし、特に、中小企業はブランド認知度を高めることが困難で、苦戦を強いられているという。

その上で同リポートは、ビール産業とスピリッツ産業の現状を報告する。まずビール産業では、2022年に年間最低生産能力や登録資本に関する規制が撤廃され、小規模醸造所の参入が容易になった。しかし、国内ビール市場はブンロード・ブルワリー(シンハー、レオなど)、タイ・ビバレッジ(チャーンなど)、オランダ系ハイネケンの3社でタイのビール市場の95.7%(金額ベース)を寡占する状態が続いているとしている。

一方、スピリッツ産業については、2022年に規制緩和が行われ、特に小規模醸造工場に、中規模工場と同水準までの増産が認められたが、厳しい規制はまだ残っているという。そして市場の現状はタイ・ビバレッジ(Ruang Khao、Hong Thongなど)、英系ディアジオ・モエヘネシー・タイランド(ジョニー・ウォーカー、スミノフなど)、リージェンシー・ブランデーの3社の市場シェアは71.2%に達するという。

カラバオはビール市場の寡占を崩せるか

「わずか数社の大手ブランドに独占されている現状では消費者の選択肢は少ない。多くの消費者が世界品質のビールを求めているが、輸入ビールは通常高額で、入手が難しい。カラバオ・グループは消費者の需要に合った新たな選択肢を提供することでこの市場のギャップを埋める。これは単に、ビール市場のトップ3の1社になるためだけではなく、本当のドイツスタイルの高品質ビールを提供することでタイのビール文化を引き上げるというわれわれの約束を反映したものだ」

昨年11月10日付バンコク・ポストによると、カラバオのサティエン最高経営責任者(CEO)はビール市場への新規参入の狙いをこう語っている。同社は40億バーツを投資し、チャイナット県に世界標準の生産技術を導入した生産能力4億リットルのビール工場を建設し、標準ブランドの「カラバオ」と高級ブランドの「タワンデーン」の2ブランドの生産・販売を開始した。当初の生産量は2億リットルだという。

ちなみに、昨年5月の下院総選挙で勝利した前進党の選挙公約の1つが「アルコール飲料など全産業での独占禁止」だった。結局、前進党首班政権ができなかったため、その後話題になることはなかったが、民間企業経営者だったセター首相率いる現政権下で、カラバオのビール市場の新規参入の形で市場独占を打破する動きが始まった。

アルコール販売禁止時間に何の意味があるのか

タイに初めて住むことになった日本人が最初に驚くことの1つはタイにアルコール飲料の販売禁止時間があることだろう。食品スーパーやコンビニエンスストアでアルコール飲料を販売できるのが午前11時から午後2時、そして午後5時から深夜12時までに制限されている。さらに、年に5日ある仏教の祝日はコンビニなど店舗、レストランではアルコール飲料は販売できない。最近になってようやくアルコール飲料販売禁止時間をめぐる議論が始まっている。

2月4日付バンコク・ポストは、タイ政府が観光振興策を強化するため午後のアルコール飲料販売禁止措置を廃止する可能性があると報じた。チョンナーン保健相は、アルコール飲料事業協会からの午後2時から5時までのアルコール類販売禁止ルールを撤廃してほしいとの要請をアルコール飲料管理委員会が検討するよう求めた。しかし、同委員会は2月15日に、民間産業界からのこのアルコール飲料販売時間の延長要請を却下した。その理由はアルコール飲料販売時間延長は国民の健康と社会福祉に影響を与えるからだという。

その後、チョンナーン保健相は、主に観光産業関係者が改めてアルコール飲料規制の緩和を訴えたことを受けて、アルコール飲料管理委員会が、アルコール飲料販売時間の延長提案を調査するパネルを設置し、延長提案をさらに検討していくとした。現在のタイ政権のテーマの一つが観光産業振興であり、外国人観光客にとって理解しにくい販売時間規制の撤廃の意味をセター首相が理解しているのだろうと思われる。

さらに、タイ政府は観光業振興と国内消費の喚起を目的にアルコール税とパブやバーなどを含む夜間の娯楽施設に対する税金の税率を2月23日から引き下げた。アルコール飲料の価格低下により、特に外国人旅行者の消費喚起を目指すという。具体的にはワインやスパークリングの従価税率を10%から5%に引き下げた一方、100度アルコール1リットル当たりの従量税を1500バーツから1000バーツに引き下げた。

タイの飲酒文化、本音と建て前

さらにここに来て新たな論争となっているのが、アルコール飲料の瓶などの容器に、アルコール飲料が健康に与える悪影響を警告するグラフィック表示を義務づける新たな規制の導入をタイ政府が検討していることだ。2月27日付のバンコク・ポスト(1面)によると、アルコール飲料管理委員会と保健省疾病管理局が策定した同規制案は現在、タイで販売されているたばこに義務付けられている健康被害を警告するグラフィックと同様の表示になるようだ。アルコール飲料の新規制では、グラフィックによる警告は容器の表面スペースの少なくとも3分の1を占めなければならないという。

この規制案は当然のように早速、アルコール飲料業界や観光業界から批判を浴びている。たばこで見られるようなグロテスクな写真やグラフィックが表示されるようになれば、タイの観光産業の大きなイメージダウンにつながることは間違いないだろう。他の国でアルコール飲料の容器にこうした表示を義務付けている事例を筆者も聞いたことはない。3月1日付のバンコク・ポスト(1面)によると、疾病管理局がこのほど1040人を対象に実施した調査では、回答者の87%がこの提案に反対しているという。

酒税の引き下げ、アルコール販売時間の延長検討とは真逆の健康被害警告の表示義務付け案は、タイ人の飲酒をめぐる価値観がさまざまに分かれ、揺れ動いていることを示しているのかもしれない。コロナ時にも建前としてのアルコール飲料販売禁止措置の裏で警察官がわいろを受け取って例外を容認していたとされる。飲酒、そして大麻をめぐる価値観の混乱は、タイ社会の本音と建て前の使い分けも象徴しているのかもしれない。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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